水路敷は幅の広い歩道として西へ向かっている。
水路敷は突き当たったところで道路になって南へ。
すぐに西へ曲がり、まっすぐ放射35号線へ向かっていくが、側道との交差点は撮影時点では未開通のため封鎖されていた。
工事中の放射35号線を迂回して西側へ。もともと東西の道路はつながっていたのだが、放射35号線工事で分断されてしまった。
西に向かって上流端へ進んで行こう。道路の両側に歩道があるが、どちらかが元は水路敷だったと思われる。
北側の田柄通りから環八(富士街道)へ抜ける道との交差点。コインランドリーであろうと思われるが、営業しているようには見えない。
その脇に所在なげに置かれている石仏。顔が削られてしまっており、損傷が激しいが、不動明王像だろうか。
歩道が終わって突き当たりとなるあたりが上流端と思われる。写真左の路地は分譲住宅の道路で、水路敷ではないようだ。
さて、最後にさきほど見かけた通路っぽい支流について見てみよう。田柄川緑道からひとつ南側の通りから見ると、どうやら水路敷ということで間違ってはいないように見える。
南側を見ると、蓋暗渠と呼ぶには細いが水路が続いているようだ。
水路は民家の敷地の中をどんどん南へ進んで行く。道路からではよく見えないが、写真中央のフェンスの手前に水路が残っている。
写真左のフェンスが切れたところで、水路は西へ向かっている。反対側の路地に出たあたりが上流端ということになるらしい。