Natrium's @lacoocan edition
前谷津川周辺の谷戸と水路敷(石川町公園〜赤塚新町)その6
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二又
再びさきほどの西へ向かう支流へ戻ってきた。南北に並走している道路は写真中央で分岐しているが、その先の民家があるところいきなり左に回り込んでいる。
北へ
途中、北向きにもう一方細い道があるが、水路敷かどうかはわからない。
クランク
四方全てを道路と水路敷に囲まれた住宅の脇を抜けていく。
蓋暗渠
車止めの向こうに、立派な蓋暗渠が見える。
ここからの写真は2013/9/14撮影。
行き止まり
蓋暗渠は東武東上線に突き当たって行き止まりになっていた。
続き
線路の南側にそのまま蓋暗渠が続いているが…
ここからの写真は2019/6/20撮影。
通り抜けできません
入り口には板橋区による「この先通り抜けできません」という大きな看板があった。
封鎖
たしかに進んでいくと途中でフェンスによって封鎖されていて通り抜けはできない状態だった。
水路です
ぐるっと川越街道まで回ってきて、上流端から水路敷を見る。封鎖されてゴミ集積所になってしまっているが、看板には「ここは水路です」とはっきり書かれている。
庚申塔
川越街道の南側にあるタバコ店の前には、大きな庚申塔文字塔が残されている。なにやら、現代美術のようにも見えるフォルムがちょっと珍しい。
西へ
さきほどの線路脇から南へ向かっていた蓋暗渠だが、実は同じ場所から西に向かっている蓋暗渠もある。これが前谷津川ではもっとも西から流れてくる水路になる。最後にこれを上流端まで向かってみよう。
踏切脇
東上第54号踏切の脇は道路がかさ上げされているが、水路敷はそのまま道路をまたいで続いている。
舗装路
道路の西側は蓋暗渠ではなく舗装された水路敷になっていた。
上流端
西日で逆光気味になってしまったが、マンションの敷地に突き当たる形で水路敷は上流端になっている。かつては湧き水があったのだろうか。
この向こうには2本ほど道路を挟んで松月院通りがあり、その向こうには白子川の支流である百々向(すずむき)川が流れている。
榛名神社
最後におまけ。下赤塚小学校の西側、なんということのない路地にフェンスで封鎖された小祠がある。祠そのものよりも左右の倉の方が立派なくらいだが、祠の脇には「榛名神社」、「満行宮」という日本の石柱があり、Google Mapでは榛名神社とされている。
榛名神社といえば群馬県の榛名山を御神体とする神社が有名で、そこから勧請されたものと思われる。榛名神社は延長5年(927年)完成の延喜式神名帳にも載る極めて古い神社で、第二代綏靖天皇の時代に始まるという伝があり、用明天皇元年(586年)創建とも伝わっている。神仏習合の時代には榛名満行権現と称し、満行宮ともされていたので、ここにある石柱はそれに対応しているのだと思われる。

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