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石神井川周辺の水路敷群(谷原三之橋〜元締山の森緑地)

OpenStreetMapで富士見台四丁目西側をみる。
このあたりで石神井川は複数の流れに分かれて下っていたが、今回は最も東寄りの流路跡をたどってみる。
このあたりで石神井川は複数の流れに分かれて下っていたが、今回は最も東寄りの流路跡をたどってみる。

谷原三之橋から東を見る。矢印の場所で右へ進むごく普通の路地がかつての水路跡。このあたりはすっかり道路になっている。
ここからの写真は2012/11/18撮影。
ここからの写真は2012/11/18撮影。

少し上流へ進むと、駐車場脇の崖沿いに水路敷が姿を現す。

かつては崖下を水路が流れていたのだろう。

駐車場の裏側を回る形で水路敷はいったん終了。
右の直線道路も水路跡だが、崖下の水路敷はそのまま写真正面家屋の左側へ進んでいく。ただし、民家の敷地裏になっていて入っていくことはできない。
右の直線道路も水路跡だが、崖下の水路敷はそのまま写真正面家屋の左側へ進んでいく。ただし、民家の敷地裏になっていて入っていくことはできない。

上流側から見る。正面がいきなり崖になっているのが良くわかる。

上の道から一本西側にも、元水路の道路がある。住宅地の中の直線道路といった風情で、水路らしさは残っていない。

さて、崖下を民家の裏で進んできた水路は、谷原二之橋から東へ進む道路と交差するところで、上流側に再び駐車場脇のほんの小さな隙間として垣間見える。
上の写真の反対側は現在マンションが建っており、水路は確認できない。
マンションの南東側、崖の上にある一本松緑地から、マンション裏手の駐車場を見る。
ここは、2000年に写真右手のマンションができるまで、「つり堀 富士見園」という大きな釣り堀があったという。
釣り堀があったころにはすでに水路はわからなくなっていたが、駐車場奥で家の向きが変わっているあたりを流れていたようだ。
ここからの写真は2012/12/8撮影。
マンションの南東側、崖の上にある一本松緑地から、マンション裏手の駐車場を見る。
ここは、2000年に写真右手のマンションができるまで、「つり堀 富士見園」という大きな釣り堀があったという。
釣り堀があったころにはすでに水路はわからなくなっていたが、駐車場奥で家の向きが変わっているあたりを流れていたようだ。
ここからの写真は2012/12/8撮影。

国土地理院Webサイトから昭和50年(1980年)空中写真(国土地理院撮影)を見ると、まだ釣り堀になっている。
空中写真上寄りにある現在は別のマンションになっている場所も釣り堀の一部だったようだ。
空中写真上寄りにある現在は別のマンションになっている場所も釣り堀の一部だったようだ。

北側の崖下駐車場から直進してきた水路跡の道路から、崖よりの水路跡を探すが痕跡は残っていない。
おそらくは、写真左手の自動車のあたりが水路であったと思われる。
おそらくは、写真左手の自動車のあたりが水路であったと思われる。

上の写真から右(南)方向を向く。
道が微妙にうねっているが、二つの水路が合流したあたりだ。
道が微妙にうねっているが、二つの水路が合流したあたりだ。

その先はいかにも水路敷らしいくねくね道へ。

途中、水路かと思しき細道が崖上から合流してくる。
かつては農地の排水路だったのかもしれない。
かつては農地の排水路だったのかもしれない。

さらにくねくねと道は続く。

上の写真で「止まれ」の標識があるところから右を向くと、西側の元直線水路が合流してきている。

一方左を向くと、水路敷と思しき小道が下ってきている。
坂の上はかつて屋敷森になっており、そこから流れが落ちてきていたのかもしれない。
坂の上はかつて屋敷森になっており、そこから流れが落ちてきていたのかもしれない。

水路跡はカラオケスナックの脇を通って、やや上り気味に上流へ進んでいく。

その先、崖の下に車庫が、崖の上に駐車場がある。
崖の上は34軒も同じ住居表示の家がある巨大袋小路になっている。個人情報になるので写真を掲載するのは控えるが、袋小路の入り口には練馬区が設置した「すまい案内板」なるものが設置されていて、宅配業者などへの便を図っているようだ。
崖の上は34軒も同じ住居表示の家がある巨大袋小路になっている。個人情報になるので写真を掲載するのは控えるが、袋小路の入り口には練馬区が設置した「すまい案内板」なるものが設置されていて、宅配業者などへの便を図っているようだ。

さらに進むと車道は行き止まりとなり、右側には石神井川本流からの分流口を見る。

左側には、水路敷のペイントが復活。

水路敷は途中から未舗装の小道に。

少し進むと、再び道路に合流。

なんとも時代を感じさせる造りの家が建つ。表の看板には日本舞踊教室とある。

そしてまた水路敷は道路と別れて左へ。

広い屋敷の塀の前を進む。

またもや味のある古屋に遭遇。

写真右側、高富士橋から来た分流との合流点。
水路敷はさらに西武池袋線の高架下へ向かう。
水路敷はさらに西武池袋線の高架下へ向かう。

OpenStreetMapで西武池袋線の前後を見る。

水路敷は西武池袋線の高架でいったん姿を見失う。

高架をくぐり南側。写真左の妙に盛り上がった場所が水路のあった道。

練馬高野台駅の南側に水路敷が続く。

写真中央の柵があるところは、崖上から降りてくる坂の下にあたる場所。細い道だが抜け道になっており、結構交通量がある。

そのまま進んでいくと、水路敷の上に何やら仮囲いが?

近づいてみると、「危険なので道路脇を通ってください」って…ええっ?!
崖が倒壊でもしかかっているのかと思いきや、然にあらず。
崖が倒壊でもしかかっているのかと思いきや、然にあらず。

崖の上から何かがオーバーハングしているではないですか(驚)
どうやら崖の上の家がゴミ屋敷化しているようで、それが崖からはみ出しているらしい。
たしかにこれは下を通行するのは危険すぎる…
どうやら崖の上の家がゴミ屋敷化しているようで、それが崖からはみ出しているらしい。
たしかにこれは下を通行するのは危険すぎる…

危険地帯を抜けて進むと、水路敷は階段で行き止まりとなる。実際の水路は階段の右に向かって上っていたようだ。

階段の上には「長光寺橋緑地」がある。が、封鎖されていて入れない。
この長光寺橋緑地、笹目通りの旧道である長命寺道が石神井川を渡る長光寺橋(現在は笹目通りの橋名)の名前を取っている(川の北側には長光寺橋バス停と、長光寺橋公園がある)が、Googleなどの地図ではなぜか水路敷の北側にポイントされている。
ねりまっぷでは正しく南側に描かれているのだが。
で、この緑地、反対側の入り口は先ほどの危険地帯につながっていて、入ろうにも入れない状態なのだった。
この長光寺橋緑地、笹目通りの旧道である長命寺道が石神井川を渡る長光寺橋(現在は笹目通りの橋名)の名前を取っている(川の北側には長光寺橋バス停と、長光寺橋公園がある)が、Googleなどの地図ではなぜか水路敷の北側にポイントされている。
ねりまっぷでは正しく南側に描かれているのだが。
で、この緑地、反対側の入り口は先ほどの危険地帯につながっていて、入ろうにも入れない状態なのだった。

笹目通りを渡った西側にあるのが、元締山の森緑地。
下流を向いて、資材置場となっているのが水路敷と思われる。
ここでいったん今回の探索は終了。この先山下橋へ向かって水路敷が続くが、またの機会としよう。
下流を向いて、資材置場となっているのが水路敷と思われる。
ここでいったん今回の探索は終了。この先山下橋へ向かって水路敷が続くが、またの機会としよう。

最後に余談。
日本舞踊教室の角を東へ向かい坂を上がったところ、稲荷神社(須賀神社、御嶽神社)の向かい側に「谷原の庚申塔」と名付けられた青面金剛立像がある。
宝永6年(1709年)造立の刻印があり、崖上の道と、崖を下り長命寺へ向かう道はいずれも古くからの往来であったことがわかる。
日本舞踊教室の角を東へ向かい坂を上がったところ、稲荷神社(須賀神社、御嶽神社)の向かい側に「谷原の庚申塔」と名付けられた青面金剛立像がある。
宝永6年(1709年)造立の刻印があり、崖上の道と、崖を下り長命寺へ向かう道はいずれも古くからの往来であったことがわかる。