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白子周辺の水路敷群(下里川)

和光市ガイドマップで下里川周辺を見る。
下里(さがり)というのは下新倉村の字名で、和光市認定路線網図に下里(さがり)川として記載されている。下流側は区画整理で流路が失われているが、中上流部では意外と元の様子が残っていたので見ていくことにしよう。
下里(さがり)というのは下新倉村の字名で、和光市認定路線網図に下里(さがり)川として記載されている。下流側は区画整理で流路が失われているが、中上流部では意外と元の様子が残っていたので見ていくことにしよう。

下里川と水道道路が交差する場所にある土管。上に乗ってもコインは取れないと思う(をい)。
ここから下流側は区画整理で流路が失われており、現存する水路敷は区画整理後に作られたものだ。
ここからの写真は2018/4/30撮影。
ここから下流側は区画整理で流路が失われており、現存する水路敷は区画整理後に作られたものだ。
ここからの写真は2018/4/30撮影。

カメラを開口部から突っ込んで土管の中を眺めてみた。地下ステージへ行けるわけではなさそうだ(しつこい)。底には水が溜まっていた。

振り返って水道道路の南側を見る。下里川は、道路脇の歩道としてまっすぐ上流へ向かっているようだ。

ところが歩道と思っていた水路敷、実は蓋暗渠だった。

2016年(平成28年)に新設された下新倉小学校の脇を抜けてさらに上流へ。

テニスコート脇を抜けた先で、なぜか蓋暗渠は緑色に舗装されていた。

昭和通りに突き当たって、道路を渡って右(西)へ進む。

昭和通り南側の歩道が下里川の水路敷だ。

途中、道路北側へ向かって分岐していく支流、というか放水路があった。

ちょっと寄り道して放水路の下流端。和光市清掃センター南側の道路に至る結構幅広の水路敷だが、入っていくのは難しそうだ。

さきほどの分岐点に戻る途中、畑の隅に蓋暗渠を見つけた。

蓋暗渠は昭和通りに向かって続いている。

昭和通りに戻る前にもう一ヶ所寄り道。昭和通りから北に少し行ったところに「下里(さがり)」バス停がある。
下里と書いて「さがり」と読む地名は、調べた範囲ではここのほかには新潟県阿賀野市と福岡県大牟田市にしかない。
下里と書いて「さがり」と読む地名は、調べた範囲ではここのほかには新潟県阿賀野市と福岡県大牟田市にしかない。

昭和通りに戻って、長島バス停の先で下里川は左折し通りと別れる。

道路から離れる蓋暗渠を発見。残念ながら私有地に入ってしまうので、この先には行けそうもない。

さらに南へ回り込んでいく。途中、視界の開けたところから振り返ると、結構な規模の谷が広がっていた。

矢島川で紹介した妙典寺の前を通る。

その妙典寺から笹目通りに向かうのが妙典寺坂通り。なんだか標識の方角がおかしいが気にしないことにしよう。
笹目通り側から見ると急坂が妙典寺の手前で谷底になっているので、下里川はかつてその辺りを流れていたのだろう。
笹目通り側から見ると急坂が妙典寺の手前で谷底になっているので、下里川はかつてその辺りを流れていたのだろう。

妙典寺坂通りを上ったところから笹目通りを南向きに見る。こちらも少し先がV字谷になっており、その辺りで下里川が笹目通りを横切っていた。

V字谷の底まで来た。笹目通りの南側は和光市の白子三丁目中央土地区画整理組合が区画整理を行なっており、ちょうど道路の付け替え工事をしているところだった。
かつてここにドン・キホーテ和光店があったのだが、水路敷はその裏手に流れていたため区画整理でその姿を直接見ることができるのは今のうちだけかもしれない。
かつてここにドン・キホーテ和光店があったのだが、水路敷はその裏手に流れていたため区画整理でその姿を直接見ることができるのは今のうちだけかもしれない。

工事現場の南側に回り込んで下流方向を見たところ。崖下に水の流れる水路敷が残っていたが、区画整理が終わった時にはどうなっているだろうか。

坂道の下から下流方向を見る。最後は崖沿いに蓋暗渠となって、このあたりがたどれる範囲の上流端となっているようだ。

上の写真の坂道を登った先、下里川と白子川に挟まれた狭い尾根筋に建っている稲荷神社。豊川稲荷とも市場稲荷とも呼ばれているようだ。市場というのは白子村の旧字名。

稲荷神社脇の南市場いこいの森から成増方向を見る。白子川の深い谷間を挟んで、成増の丘が見える。

稲荷神社の参道下から北向きに白子川の崖を見る。地上4階分はあろうかという垂直の崖になっているが、区画整理事業の設計図では崖下が水路敷ということになっている。かつては白子川の分流が崖を削っていたのだろう。