田柄川へ戻って西へ。しばらく進んでいくと妙に道路の幅が広いところの奥、北側から水路敷が合流してきている。
練馬区おなじみの水色ペイントが描かれた水路敷。すぐ先で西側に曲がっているようだ。
いかにも水路敷な小道が西へ向かっている。
段差のある住宅から排水管が落とされているあたりがかつて水路だった時代を思い起こさせる。
水路敷ペイントの先で道路へ。
水路は道路をまっすぐ進んでいたのかと思いきや、1ブロック南側に移動していた。
駐車場の南側に水路敷が伸びている。
綺麗に整った水路敷が続くと思いきや…
その先はかなりツタに侵食されていた。
豊島園通りに出たところで、水路敷は再び左にずれている。
豊島園通りで右側を振り返ったところに立っていた青面金剛庚申塔。元禄12年(1699年)の造立という。
水路敷の上流方向はまっすぐ反対側の道路に向かっている。
反対側の道路に出て西へ。広がっている路側帯部分が水路敷だったのだろう。
すぐに交差点を右折、その先で右が微妙なクランク状になったところで、水路敷は道路から外れて西に向かう。
曲がった先は行きどまりと書かれている。
確かに奥で行きどまりになっていた。この水路敷はここで上流端ということになる。
光が丘公園の傍まで回り込んでみた。ヴィクトリア光が丘店のあたりから、かつては水路敷が分かれていたのかもしれない。