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大泉堀とその支流(大泉第四小学校〜北宮ノ脇)
地図
OpenStreetMapで今回のコースを見る。
今回は、大泉堀の本流を大泉第四小学校から西東京市に向けて遡っていく。
(2026/7/7追記)地籍マップを見ていたところ福泉寺通りから西に向かって伸びている水路敷を発見したので改めて訪問した。空中写真では下流側は下保谷森林公園の北側を通って新井橋南側から大泉堀に合流しているように見える。
大泉第四小学校向かい
大泉第四小学校の西側、校門の向かい側からふたたび蓋暗渠が始まっている。今回はこれを進んでいこう。
ここからの写真は2016/7/18撮影。
橋
まっすぐ進んでいくと、ゼブラ模様の車止めのある橋跡に出た。橋を北側から見たところ。
左カーブ
蓋暗渠はその先駐車場に沿って左へカーブ。
クランク
クランク状に曲がっている場所を通過。
並走
道路と並走する区間に出る。
お別れ
道路とはすぐにお別れ。蓋暗渠はやや北向きにカーブしていく。
丸山西橋
大泉堀関係では何回か出てくるが「白子川を知っていますか」(白子川汚濁対策協議会、平成6年)によれば、ここは丸山西橋とされる。
北側を走るしたみち通りの交差点には名前が付いていないが、少し北に行ったところに丸山西橋というバス停がある。
ここにも橋
その先にも橋があったので北側から見たところ。この辺りは、蓋暗渠になる前の橋をそのまま残している場所が多いようだ。
さらに橋
次々と橋が現れる。
陽当たり良好
いきなり陽当たりの良い場所に出た。
畑
南側には大きく開けた畑が広がっていた。
新井橋
「白子川を知っていますか」で新井橋とされている場所を上流から見る。ここは練馬区と西東京市の境になっていて、写真は西東京市から見た形。
車止めの形が練馬区と西東京市で異なっているのがわかる(中央のものだけは練馬区型だが)
新井憩いの森
新井橋の北側、したみち通り沿いには「新井憩いの森」という大きな森がある。
南側
新井橋の南側に、下保谷森林公園から北上してくる支流の水路があったかもしれない。
ここからの写真は2026/7/6撮影。
下保谷森林公園
下保谷森林公園北側の道路。
水路敷
福泉寺通りから水路敷を西向き見たところ。地籍図では道路左(南)側に水路敷があるが、このあたりでは特にそれらしい痕跡は見当たらない。
グレーチング
途中で道路左側にグレーチングが現れた。写真奥の方にもいくつかあり、この下に暗渠が残っているようだ。
地籍図上の水路敷は写真奥の丁字路までで途切れているが、上流方向には中荒屋敷遺跡があり元はそちらの方から水が流れてきていたように見える。
続き
ふたたび大泉堀に戻って西へ。一ブロック分、水路敷が練馬区と西東京市の境になっているが、見た目はこれまでと変わらない。
ここからの写真は2016/7/18撮影。
橋
写真正面のアパートの向こうで区市境は北へ向きを変えるが、蓋暗渠はそのまままっすぐ進んでいく。
階段
蓋暗渠が西東京市に入ってすぐ、福泉寺通りにぶつかるところで階段に行き当たる。
下流方向
福泉寺通りから下流方向を見る。西東京市では、大泉堀を白子川と呼んでいるそうだが、「白子川を知っていますか」によれば「下保谷のシマッポ」ともいい、かつては田畑の間を流れる深さ50cm程度の小さな溝という風情だったそうだ。
現在も、左右の土地と大した高低差がないのがわかる。階段があるのは、道路側が盛り土されているためだ。
シタアゼ
福泉寺通りを南方向へ見る。写真右にある「しもほうや保育園」には、「白子川を知っていますか」によればかつてシタアゼと呼ばれる沼があったそうだ。
かつては、このあたりにも湧き水があったのかもしれない。
ちなみに写真奥の少し道路が凹んでいるところから西向きに先ほど見た地籍図上の水路敷がある。
放射7号線
北向きに、放射7号線方向を見る。信号機のある交差点の右側(東側)が「したみち通り」の終点。西東京市川には通りの名前は付いていないようだ。
交差点を直進した先に、左に伏見通りに向かって一ブロックだけ放射7号線が開通している。
続き
さて、改めて大泉堀(下保谷のシマッポ)の続きを進んでいこう。ここからは完全に西東京市の領域に入り、また車止めの仕様が変わったようだ。
くねくね
しばらくは畑の南側をゆるゆると川らしい曲りくねりが続く。
シマッポ
畑の土留めがなければ、昔のシマッポの風景が見えてくるようだ。
まっすぐ
その先は、いきなり人工的な直線なのだが、矢印のところに…
隙間
人一人通るのがやっとの隙間が。
欄干
その先、欄干が残る橋の跡を渡る。
謎
橋のたもとにあった謎の構造物。
カーブ
のんびりとした景色を進んでいく。
出口
少し進んだところで、やや広い道路に行き当たる。
合流点
ここで、大泉堀は写真左側から来る宮ノ脇川(「白子川を知っていますか」による名称)と合流する。
宮ノ脇はこの辺りの字名で、したみち通りへ向かう道がこの交差点で大泉堀から分岐(写真手前へ)していくが、そちらには北宮ノ脇というバス停もある。
保谷市
最後におまけで交差点に埋められていた境界標。合併してからすでに15年が経つが、いまだに「保谷市」のままだった。
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