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大泉堀とその支流(大泉第四小学校〜北宮ノ脇)

OpenStreetMapで今回のコースを見る。
今回は、大泉堀の本流を大泉第四小学校から西東京市に向けて遡っていく。
今回は、大泉堀の本流を大泉第四小学校から西東京市に向けて遡っていく。

大泉第四小学校の西側、校門の向かい側からふたたび蓋暗渠が始まっている。今回はこれを進んでいこう。
ここからの写真は2016/7/18撮影。
ここからの写真は2016/7/18撮影。

まっすぐ進んでいくと、ゼブラ模様の車止めのある橋跡に出た。橋を北側から見たところ。

蓋暗渠はその先駐車場に沿って左へカーブ。

クランク状に曲がっている場所を通過。

道路と並走する区間に出る。

道路とはすぐにお別れ。蓋暗渠はやや北向きにカーブしていく。

大泉堀関係では何回か出てくるが「白子川を知っていますか」(白子川汚濁対策協議会、平成6年)によれば、ここは丸山西橋とされる。
北側を走るしたみち通りの交差点には名前が付いていないが、少し北に行ったところに丸山西橋というバス停がある。
北側を走るしたみち通りの交差点には名前が付いていないが、少し北に行ったところに丸山西橋というバス停がある。

その先にも橋があったので北側から見たところ。この辺りは、蓋暗渠になる前の橋をそのまま残している場所が多いようだ。

次々と橋が現れる。

いきなり陽当たりの良い場所に出た。

南側には大きく開けた畑が広がっていた。

「白子川を知っていますか」で新井橋とされている場所を上流から見る。ここは練馬区と西東京市の境になっていて、写真は西東京市から見た形。
車止めの形が練馬区と西東京市で異なっているのがわかる(中央のものだけは練馬区型だが)
車止めの形が練馬区と西東京市で異なっているのがわかる(中央のものだけは練馬区型だが)

新井橋の北側、したみち通り沿いには「新井憩いの森」という大きな森がある。

一ブロック分、水路敷が練馬区と西東京市の境になっているが、見た目はこれまでと変わらない。

写真正面のアパートの向こうで区市境は北へ向きを変えるが、蓋暗渠はそのまままっすぐ進んでいく。

蓋暗渠が西東京市に入ってすぐ、福泉寺通りにぶつかるところで階段に行き当たる。

福泉寺通りから下流方向を見る。西東京市では、大泉堀を白子川と呼んでいるそうだが、「白子川を知っていますか」によれば「下保谷のシマッポ」ともいい、かつては田畑の間を流れる深さ50cm程度の小さな溝という風情だったそうだ。
現在も、左右の土地と大した高低差がないのがわかる。階段があるのは、道路側が盛り土されているためだ。
現在も、左右の土地と大した高低差がないのがわかる。階段があるのは、道路側が盛り土されているためだ。

福泉寺通りを南方向へ見る。写真右にある「しもほうや保育園」には、「白子川を知っていますか」によればかつてシタアゼと呼ばれる沼があったそうだ。
かつては、このあたりにも湧き水があったのかもしれない。
かつては、このあたりにも湧き水があったのかもしれない。

北向きに、放射7号線方向を見る。信号機のある交差点の右側(東側)が「したみち通り」の終点。西東京市川には通りの名前は付いていないようだ。
交差点を直進した先に、左に伏見通りに向かって一ブロックだけ放射7号線が開通している。
交差点を直進した先に、左に伏見通りに向かって一ブロックだけ放射7号線が開通している。

さて、改めて大泉堀(下保谷のシマッポ)の続きを進んでいこう。ここからは完全に西東京市の領域に入り、また車止めの仕様が変わったようだ。

しばらくは畑の南側をゆるゆると川らしい曲りくねりが続く。

畑の土留めがなければ、昔のシマッポの風景が見えてくるようだ。

その先は、いきなり人工的な直線なのだが、矢印のところに…

人一人通るのがやっとの隙間が。

その先、欄干が残る橋の跡を渡る。

橋のたもとにあった謎の構造物。

のんびりとした景色を進んでいく。

少し進んだところで、やや広い道路に行き当たる。

ここで、大泉堀は写真左側から来る宮ノ脇川(「白子川を知っていますか」による名称)と合流する。
宮ノ脇はこの辺りの字名で、したみち通りへ向かう道がこの交差点で大泉堀から分岐(写真手前へ)していくが、そちらには北宮ノ脇というバス停もある。
宮ノ脇はこの辺りの字名で、したみち通りへ向かう道がこの交差点で大泉堀から分岐(写真手前へ)していくが、そちらには北宮ノ脇というバス停もある。

最後におまけで交差点に埋められていた境界標。合併してからすでに15年が経つが、いまだに「保谷市」のままだった。