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千川上水(関町〜井草)
OpenStreetMap
OpenStreetMapで前半部分、関町から上石神井駅までを見る。
千川上水は武蔵野市と西東京市の境にある境橋で玉川上水から別れ、練馬区と板橋区、北区を抜けて豊島区巣鴨の千川上水公園まで流れていた水道で、江戸の六上水のひとつとされる。元禄9年(1696年)に完成したが、その後享保7年(1722年)には農業用水専用とされた。
普段の川歩きとは逆方向になるが、暗渠化された六ヶ村分水口から、千川通りを下流に向かって環状八号線あたりまで進んでいくことにする。
かんかん地蔵
青梅街道沿い、千川上水の西側にある「関のかんかん地蔵」。正徳元年(1711年)造立とされ、石で叩けば願い事が叶うとされて「かんかん」と叩かれているうちに台座がやせ細ってしまったそうな。地蔵尊の裾だけ妙に新しいのは修復されたため。
このページの写真は2013/4/13撮影。
稲荷神社
下り側、水道端バス停の前には稲荷神社もある。
石仏群
稲荷神社の境内には、近辺の路傍にあったであろう石仏が集積されている。
拡幅工事
水道端バス停の向かい側から下流方向を見たところ。
2013年に撮影した時点では、ここから下流方向に向かう千川通り(都道439号線)の拡幅工事が進んでいるところだった。
開渠末端部
ちょっと上流に戻って青梅街道の南側。この写真の位置が開渠となっている千川上水の末端部分になる。
上流
上流方向を見る。ここまでは江戸時代の千川上水の姿をとどめていると言えそうだ。
伊勢橋
青梅街道の歩道脇に伊勢橋という扁額のある欄干が残っていた。
上水跡
伊勢橋の先でフェンス越しに工事現場をのぞいてみる。すでに埋め立てられてしまっているが、写真中央の土の色が違う部分は一段低くなっており、ここがかつての千川上水だった場所と思われる。
歩道
立野橋から上流方向を見たところ。こちらはすでに歩道の準備まで終わっているようだ。
立野橋
立野橋交差点の西側にある庚申塔と観音供養塔が納められた祠。
小祠
上石神井一丁目の交差点脇にある小祠。千川通りは上水と並行して古くから街道として使われていたので、このような祠や庚申塔、地蔵などがあちらこちらに見られる。
石
近くのマンション前に無造作に置かれた石。このあたりにあった水車の石臼ではないかという説があるのだがどうだろう。
給水塔
小祠から道路を挟んで東側に給水塔が見える。
上石神井車庫
千川上水は西武新宿線の上石神井車両基地の南側を進んでいく。写真は上流方向を見たところ。車両基地側の歩道がかさ上げされているが、このあたりは井草川上流部でわずかに谷間になっており、そこを上水が抜けるために勾配を均していたものと思われる。
この写真は2018/1/3撮影。
千川上水橋梁
千川上水が西武新宿線の下をくぐる千川上水橋梁。ここだけ上水が開渠になっている。千川上水の流れが見られるのはここが最後になる。
この写真は2011/9/17撮影。
馬頭観音
西武新宿線の北側に渡ってすぐ、上井草駅近くにある馬頭観音文字塔。
この写真は2013/4/13撮影。
庚申塔と馬頭観音
千川通りをだいぶ進み、下石神井一丁目で千川通りから少し北に外れたところに立っている青面金剛庚申塔と馬頭観音。庚申塔は元禄13年(1700年)、馬頭観音は宝永3年(1706年)造立。宝永3年は富士山噴火の前の年だ。
ここからの写真は2013/4/20撮影。
庚申塔
千川通り沿いのマンション敷地内に安置されている青面金剛庚申塔。
武蔵御嶽神社
さらに進んで環状八号線手前の旧字名で向三谷(むけざんや)にある武蔵御嶽神社。下津宮向三谷講御社という扁額があり、小さい祠ながら古くから祀られていたであろうことがわかる。
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