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黒目川とその支流(弁天川)
地図
OpenStreesMapで落合川の支流・弁天川を見る。
弁天川は東久留米駅東口近くの厳島神社にある池のあたりを水源とし、立野川が落合川に南から合流する場所のすぐ下流で来たから落合川に合流している。
合流
落合川の新落合橋から下谷橋にかけての右岸側は下谷橋調整池の工事が行われて立ち入れないため、左岸側の迂回路から合流場所を見たところ。枯れ川になっているが、あまり手が入っていない水路が残っている。
ここからの写真は2023/1/21撮影。
蓋暗渠
迂回路の上流は蓋暗渠になっている。この先は東久留米市スポーツセンターの駐車場へ向かって行くが、こちら側は封鎖されているので入ることはできない。
出口
新落合橋を渡る都道234号を西に向かい、駐車場から道路に出てくる蓋暗渠を下流方向に見たところ。
水路
上流側は道路に沿ってそこそこ幅のある水路跡が残る。
直角
前の写真奥の交差点で水路跡は途切れるが、上流は右側の道路脇の歩道に移る。矢印のように、写真左から弁天川は流れて来ていた。
再び蓋暗渠
西向きに再び蓋暗渠を上流方向に見たところ。写真右の東久留米第2住宅と、左の民家の間に幅の広い水路敷が続く。
通路
このあたりの蓋暗渠は歩行者用通路として使われているようで、自由に通ることができる。
直進
東久留米第2住宅の西側にも、さらに蓋暗渠は続いている。写真奥の車庫があるところでいったん水路跡が途切れているが、東久留米市が発行している「東久留米市水路・河川網図1980」によれば、そのまま水路は直進していたようだ。
南
突き当たりから南の都道へ向かって植え込みがあるが、「東久留米市水路・河川網図1980」ではここに廃水路があり、南側の崖下を下流方向に流れていたという。
浄牧院
前の写真の道は実は北側にある曹洞宗浄牧院の参道(通用門)になっている。浄牧院は文安元年(1444年)に八王子の城主であった北条安祝が開創と伝えられるが、後北条氏が伊勢から北条に名字を改めたのは大永3年(1523年)、武州八王子城の完成は天正15年(1587年)というから後北条氏の八王子城とは異なる城を拠点とする執権北条氏の子孫だろうか。八王子と北条氏に縁はあるようなので、年代の方が定かでないのかもしれない。
蓋暗渠のつづき
都道234号まで戻って上流へ進み、道路北側の未舗装の路地に入って行くと、さきほど行き止まりになっていた蓋暗渠の続きに出会う。写真は下流方向に見たところ。写真奥の塀が、さきほどの突き当たりになっている。
ここからの写真は2023/2/5撮影。
橋
さらに都道を上流へ進み、中には入れないが浄牧院の正門に向かう山道には、水路を渡る橋が残されていた。写真は上流側の塀越しに眺めたところ。
歩道
浄牧院から東久留米駅へ向かう都道125号との交差点から西へ。交差点からガソリンスタンドの前を通って行く歩道がかつては水路で、矢印のあたりに上流から弁天川が道路に出て来ていた。
水路敷
道路北側の水路敷。都道に沿って直線的に流れていた下流部分とことなり、上流側は自然河川の名残をわかる水路敷が残っている。
ここからの写真は2023/1/21撮影。
看板
前の写真右側に写っている道路脇の看板。すっかり錆びついてしまっているが、水路敷に下水道を埋設した許可を占めているようだが、許可期間が昭和72年になっていて、平成になってから看板が更新されていないのがわかる。
舗装
蛇行する水路敷は蓋暗渠ではなくアスファルト舗装されているが、高低差のある左側は未舗装の部分もあり、おそらく弁天側は右寄りを流れていたものと思われる。
未舗装
徐々に水路敷が細くなって行き、舗装部分も細くなって行く。
カーブ
民家の軒先を緩やかにカーブしながら水路敷が抜けて行く。
車止め
生垣の間を抜けたところで車止めがあり、通れる水路敷はここまでとなっている。
植え込み
その先は道路脇の植え込みが水路敷になっているようだ。地面に看板が置かれているのだが、「この河川の下には下記の様うな埋設物があります。」と書かれていて、この場所が元は河川敷であったことを示している様にも取れる。
ところで、「様うな」という振り仮名はあまり見かけた覚えがないのだが、「う」は余計なのではないだろうか。
それはまあ置いておくとして、看板には昭和60年に施工と書かれており、さきほどの看板では昭和62年の使用許可となっていたので、その間に工事が行われ、暗渠化されたものと思われる。
門前弁財天
前の写真右側の道路を進むと、すぐに上流近くにある厳島神社が見えてくるが、境内には「門前弁財天」と書かれた幟が大量に立っていた。
この辺りは浄牧院の門前ということで、門前村というのが旧村名となっており、この厳島神社あたりが門前村の南端にあたるようだ(東久留米駅前は南沢村)。
上流端
一方水路敷は厳島神社の境内に向かうのではなく、その脇を通って写真奥にある稲荷塚公園に突き当たっている。
弁天池
鳥居越しに見た厳島神社の祠。周りには弁天池と言って良さそうな窪みがあるが、水はない。
稲荷塚公園
厳島神社裏にある稲荷塚公園から、東久留米駅の方向(南)を見たところ。「東久留米市水路・河川網図1980」では、写真奥の方に水路があったように描かれており、厳島神社よりもやや上流にも水路があったらしい。そのあたりはマンション敷地になってしまっており、痕跡は残っていない。
この写真は2023/2/5撮影。
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