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前谷津川周辺の谷戸と水路敷(新大宮バイパス〜下赤塚駅)

OpenStreetMapで新大宮バイパスから下赤塚駅へ向かう水路敷を見る。
川越街道を池袋から成増に向かっていくと下赤塚駅の手前にV字谷になっている部分があるのだが、今回の水路はそこへ向かって上っていく。前谷津川で川越街道の南側まで水路敷が確認できるのはこの水路だけだろう。
川越街道を池袋から成増に向かっていくと下赤塚駅の手前にV字谷になっている部分があるのだが、今回の水路はそこへ向かって上っていく。前谷津川で川越街道の南側まで水路敷が確認できるのはこの水路だけだろう。

赤徳公園からの流れとの合流点から出発。ここから新大宮バイパスまでの短い区間では、水路敷が歩行者用道路として整備されている。
ここからの写真は2019/5/1撮影。
ここからの写真は2019/5/1撮影。

歩行者用道路はすぐに新大宮バイパスの側道につきあたるが、だいぶ高低差があり階段で登っていくことになる。もともとはそのまま新大宮バイパスの向こう側から流れてきていたのだろう。

水路敷の少し北側にアンダーパスがあるのでそこから西側へ。

上流に向かう道を発見。自動車でも入れそうだが、「この先通り抜けできません」の標識があり、車両は行き止まりになることが示されている。

インターロッキング舗装された道を進んでいくと、水路敷が南に向かって曲がった先で、西(右)から支流がから合流してくる。支流の方が短いので、先にこちらから見てみよう。

こちらはいかにも水路敷らしい細道になっている。

水路敷の左側に階段があってかなり高低差がついているのがわかる。水路敷も、写真では見づらいが奥に階段があり、そこから先は一段高くなっている。

階段の上も、細い水路敷が続いている。

水路敷の南側を見たところ。一番左は擁壁の上に地盤がオーバーハングするように張り出しており、中央は自然崖のまま、右側は石垣と変化の激しい光景だ。

擁壁から水路敷に向かって大きな土管が降りてきている。

両側から擁壁が迫ってきた。

やや左カーブしながら、突き当たりに向かう。

途中、南へ向かう脇道があるが、これは水路敷ではないようだ。

突き当たりでツツジを見ながら右へ進めばこの支流の上流端だ。

上流端から水路敷を見たところ。

ところで、支流のさらに支流と思われる水路敷が、支流から少し南に離れた場所に残っている。支流に合流する流路は失われてしまっているようだが、こちらも上流端へ向かってみよう。

1ブロックで下赤塚児童公園に突き当たって終わっている。

おまけで赤塚中央通りを渡った西側にある赤塚六丁目公園の脇から南西に向かって水路敷のように見える細い路地が残っている。ここがさらに上流なのかどうかは、見た目ではよくわからない。

さきほどの二又まで戻って、下赤塚駅へ向かう流れを上っていこう。道路脇には、板橋区の水路敷にはよくある彫刻が設置されていた。

途中、水路敷の西側にある崖を見る。崖下には細い歩道があり、水路敷と歩道の間には家が建っているのだが、写真中央の家は水路敷の道路よりも低い位置に建っている。水路敷が嵩上げされているのかもしれない。

水路敷のほうは徐々に坂道を上っていく。

坂道を上り切る手前に、フェンスで囲まれた謎の空間があった。元々の水路敷は、坂道よりもだいぶ低い位置にあったのかもしれない。

坂道の向こうは歩行者専用道路になっていた。

水路敷は駐車場の脇を抜けていく。

車止めを挟んで水路敷はバス通り(ときわ通り)へ向かっていく。

バス通りを渡った先では、水路敷は下りながら東武東上線まで進む。やはり、途中の水路敷はかなり嵩上げされていたようだ。

東武東上線の南側に回ってきた。水路敷のあった部分だけ、ブロックではなくコンクリートで塞がれた状態になっている。

そこから南へ、水路敷にありがちなやたらと幅の広い道が伸びている。

すぐに道は二又に分かれるが、左側の狭い道が水路敷と思われる。

ジグザグに曲がりながら上っていく。

レンタカー店の横で川越街道へ。

川越街道を渡って南側、谷になっている部分で蓋暗渠が残っていた。オートバイ置き場になってしまっているが、その向こう、家の間まで蓋暗渠は続いている。

家の間には扉が設置されていて、これ以上は進めないようだ。

南側へ回り込んでみた。蓋暗渠がここまで続いているのがわかる。水路敷としては、ここが上流端となると思われる。

振り返って狭い道を上ったところが豊島園通り。公図上では、写真奥の行き止まりまでが水路敷となっている。このあたりにかつては湧き水があったのだろうか。

下赤塚近辺には、庚申塔などがたくさん残されている。写真は川越街道沿いの庚申塚文字塔。

下赤塚駅北口そばのビルの隙間にある庚申塔文字塔。

下赤塚交番前交差点脇の洋品店の前にある青面金剛庚申塔。右側の塔には宝暦4年(1754年)とある古いものだ。

こちらは支流の上流端近く、古道の分岐点に立つ青面金剛庚申塔。正徳3年(1713年)とあるので前の写真の庚申塔よりさらに古い。

最後に下赤塚駅南側の上流端から少し南に行ったところに安置されている子守富久江地蔵尊。この辺りの石仏、庚申塔の中では新しいものに見える。
この写真は2013/5/3撮影。
この写真は2013/5/3撮影。