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石神井川周辺の水路敷群(旧早稲田通りとその周辺)

OpenStreetMapで石神井公園周辺を見る。

国土地理院Webサイトから昭和24年(1949年)の空中写真(米軍撮影)を見る。
石神井公園のボート池から、南へ向かって現在はない水路(矢印部分)が旧早稲田通りに向かって伸びている。
石神井公園のボート池から、南へ向かって現在はない水路(矢印部分)が旧早稲田通りに向かって伸びている。

上の地図で水路が南下するあたりに立ってボート池を望む。
ここからの写真は2013/11/23撮影。
ここからの写真は2013/11/23撮影。

そこから振り返って、水路があるはずの南側を見る。
地図と同様に岸辺が若干南側に食い込んだ部分があるが、水路はない。
地図と同様に岸辺が若干南側に食い込んだ部分があるが、水路はない。

写真の中央を水路が走っているはずの場所。若干窪んでいるようにも見えるが、水路らしき痕跡があるわけではない。

国土地理院Webサイトから昭和50年(1975年)の空中写真(国土地理院撮影)を見ると水路となっているあたりが並木になっており、この時点ではまだ水路として残っていた可能性がありそうだ。

地図上では、このあたりで水路が正面の道路に合流している。

実は公園の案内図にも、ここが水路であるかのように描かれている。

かつてはこの道路に沿って水路があったのかもしれない。

上の写真の道路右側には、中央に島を持つ小さな池がある。かつてはもっと北側まで広がる大きな池だったようだが、現在では埋め立てられてしまい、わずかな面積だけ残る。
地形からすれば、かつては湧水が出ていたのかもしれない。
地形からすれば、かつては湧水が出ていたのかもしれない。

道路は禅定院前バス停(石神井公園方向)付近でそのまま旧早稲田通りへ合流。
写真左には、和田堀緑道周辺で紹介した水路敷がある。
写真左には、和田堀緑道周辺で紹介した水路敷がある。

さて、旧早稲田通りを西へ。豊島橋の方へ進むと禅定院前バス停(JAあおば方向)の脇、駐車場の横に石神井川に向かう水路敷がある。
ここからの写真は2013/8/3撮影。
ここからの写真は2013/8/3撮影。

石神井川に合流するところでは、わざわざ階段をつけてアクセスできるようにしてある。
実はこの水路敷、となりの豊島橋を通る道路が狭いこともあって、それなりに通行があるようだ。
実はこの水路敷、となりの豊島橋を通る道路が狭いこともあって、それなりに通行があるようだ。

バス停の名前にもなっている禅定院は、もう少し西寄りにある。
創建は600年前と伝えられる古い寺で、明治時代には小学校としても使われていたという。
創建は600年前と伝えられる古い寺で、明治時代には小学校としても使われていたという。

禅定院から旧早稲田通りを西に向かうとすぐに、通りから左へ逸れる線路跡のようなカーブが現れるが、これが石神井川の水路敷跡らしい。

道路の南側には、なぜかかさ上げされた水路敷があった。

その反対側(北側)には昔懐かしい竹垣が残っているが、どうやらここも水路敷の続きになっているようだ。

竹垣の向こうを覗いてみると、水路敷らしい空間があった。

道路は微妙な曲線で蛇行していく。

道路の南側には、もう一つ小さな水路敷が残っていた。

道路はさらに右へカーブしていくが、根ヶ原橋へ向かう丁字路の先で、道路と水路敷の分かれ道が現れる。

右が旧早稲田通りへ向かう道路、左は私有地へ向かう私道、中央が水路敷になっている。

遊歩道らしく整備された水路敷。
左に見える駐車場に向かって、かつては石神井川の支流があったようだが、痕跡は残っていない。
左に見える駐車場に向かって、かつては石神井川の支流があったようだが、痕跡は残っていない。

上の写真左下付近にあった区界標識。なぜか矢印の向きが互い違いになっている。

写真正面に進んだところにあった謎の一角。
左側はかつての石神井川支流のようだが、その先はマンションになっていて水路の跡は残っていない。
左側はかつての石神井川支流のようだが、その先はマンションになっていて水路の跡は残っていない。

右側の道を進むと、旧早稲田通りへ向かって小道が進んでいく。

旧早稲田通りへ合流。この歩道は、かつて側溝になっていたと思われる。

少し旧早稲田通りを戻って、藪になっていた水路敷の北側に回ってみる。
こちら側はまったくの藪になっていて、中を伺うことは出来ない。
こちら側はまったくの藪になっていて、中を伺うことは出来ない。

2024/10/24に旧早稲田通り側から見たところ。写真右(蛍橋寄り)の住宅新築に伴ってはっきりと水路敷が区分されたように見える。
左側(石神井公園駅寄り)の塀も作り直されたようだ。
左側(石神井公園駅寄り)の塀も作り直されたようだ。

そのすぐ近くには、すっかり錆びついた交通安全の看板が…
ここからの写真は2013/8/3撮影。
ここからの写真は2013/8/3撮影。

旧早稲田通りの北側、崖に沿って行き止まりの道があるが、公園の入り口に青面金剛庚申塔が立っていた。
元禄11年(1698年)造立の銘があった。かつてはこちらが街道筋だったのだろうか。
元禄11年(1698年)造立の銘があった。かつてはこちらが街道筋だったのだろうか。

旧早稲田通りを上流側から見る。
写真右側の歩道が水路敷と思われる。庚申塔はコンビニ裏側の道路の先、木立のあたりにある。
写真右側の歩道が水路敷と思われる。庚申塔はコンビニ裏側の道路の先、木立のあたりにある。

上の写真から上流側を振り返ったところに、左へ石神井川に向かって合流する水路敷がある。

この先、水路敷は見当たらず、旧早稲田通りに沿って水路が進んでいくようだ。
古い空中写真では、水路敷は左のアパート裏に通っていたようにも見えるが、痕跡は残っていない。
古い空中写真では、水路敷は左のアパート裏に通っていたようにも見えるが、痕跡は残っていない。

再び少し手前に戻って、石神井川では茜歩道橋の下流側にL字形の水路敷が残っている。写真奥のあたりは、かつての石神井川本流の跡だった場所にあたる。
ここからの写真は2013/10/12撮影。
ここからの写真は2013/10/12撮影。

茜歩道橋側から水路敷の出口。ここから上流側の痕跡はないようだ。

さきほどの水路敷から茜歩道橋よりに、封鎖された階段があった。フェンスの向こうに微妙な空間があるが、これも水路敷だったのだろうか。