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石神井川周辺の水路敷群(栄町・氷川町の水路)
地図
OpenStreetMapで栄町、氷川町近辺を見る。千川上水から北の石神井川に向かっていく水路があるので石神井川から辿ってみる。
双栄橋
まずは西側の双栄橋のたもとにある栄町児童遊園からスタート。道路になっているが、インターロッキング舗装されている場所は水路敷のようだ。
このページの写真は2018/12/15撮影。
西向き
すぐにインターロッキング舗装終わってしまい、水路敷は西に曲がって細い路地を抜けていく。
植え込み
そこから1ブロック先で下流側を見たところ。この区画では水路敷が植え込みになっている。
行き止まり
上流方向には細い路地があるが、行き止まりになっていた。古い地図では水路敷はこの路地の先、中板橋駅北側で石神井川から分かれた支流としてつながっていたようなのだが、痕跡は残っていない。
蛇行跡
西堰橋と堰上橋の間にやたらと広い道があって、道路上に自治会の建物が立っている場所がある。どうやら、ここは石神井川が蛇行していた跡の水路敷らしい。
南へ
道路を進んでいくと、すぐに南へ向かってやたらと幅の広い道がある。古い地図ではこのあたりの位置に氷川図書館のあたりから流れてくる水路があった。
坂
氷川町に向かう前に栄町側を寄り道しておこう。
そのまま道路の突き当たりまで進み、少し北側から南を見たところ。このあたりまで石神井川の蛇行跡が窪地になっており、南側が高くなっているのがわかる。蛇行跡そのものは、宅地化されてしまっているためまったくわからない。
豊島病院通り
栄町を歩き回っていると、気になる場所を発見。豊島病院通りの北側、店舗とマンションの間にある斜めな境界がそれ。一見なんということはないが、南側に回ってみると…
隙間
水路敷があったのだ。ネタバラシをすれば、先にGoogle Earthで怪しい隙間があったのを見つけていたのだが、この水路敷は南側にある東京都健康長寿医療センターの崖から流れて来ているようだ。
入れる
上流側の水路敷はどうやら通行できそう。
通れる
かなり狭いが、通り抜けることができる。
まだ行ける
その先もなんとか通り抜けることは可能な幅がある。
通れる?
その先も通れそうな感じではあるが。
無理
無理だった。水路敷自体は、奥に見える崖から出てきているようではある。。
崖
西側の路地から崖をみたところ。結構な高低差があり、尾根の上に位置する健康長寿医療センターの南側には千川上水が通っていた。
氷川図書館
さて、戻って氷川図書館の先を目指してみよう。豊島病院通りを越えて南へ向かったところにある氷川図書館。水路は突き当たりの左側から流れてきていたようだ。
図書館前
水路敷は図書館の東側で道路の南側から北側へ渡ってきている。
脇道
交差点を越えたところで、水路敷は道路と分かれ南へ向かっていく。
曲がりくねり
不安定な道路幅の道がくねくねと曲がっている。
上り
この辺りは崖になっておらず、徐々に坂道を上っていく。
三角
都道420号線鮫洲大山線の手前で、なんだかやたらと大きな三角形の道路に出た。
鮫洲大山線
都道420号線を渡り、さらに南へ。
板橋税務署
板橋税務署の前で千川上水に行き当たった。今回はここまでとなる。
板橋競馬場
ここで改めて氷川町の水路敷から西側の地図(「東京都市地図2東京北部 赤羽・池袋1957」1996柏書房刊)。水路敷をまたぐ形で描いた茶色の楕円形は、明治40年に石神井川右岸の高低差8.5mもある段丘斜面に作られた板橋競馬場のレースコース。
緑色の部分はメインスタンドがあったところ(「特別展 板橋と馬」2014板橋区立郷土資料館編による)。実際にレースが行われたのは9か月という短い期間で現在では痕跡は全く残っていないというが、旧板橋第九小学校のあたりから時計回りに現在の状況を見てみようと思う。
なお、板橋区のサイトにも記事がある。
旧板橋九小
旧板橋第九小学校の西側道路を南へ見たところ。板橋第九小学校は1949年(昭和24年)開校、2018年(平成30年)閉校で、板橋競馬場のコースは写真中央あたりを左右(東西)に横切って、旧板橋九小の校庭で南にカーブしていっていたらしい。
ここからの写真は2021/10/30撮影。
中華あすか
旧板橋九小から豊島病院通りを東へ進んだところ、中華料理店の手前あたりをコースは南へ向かっていたが、このあたりから上り坂になる。なにしろ高低差8.5mを駆け上がっていくというから結構な急坂だったはずだ。
水路敷と交差
氷川図書館の東側で水路敷と交差し、そのまま坂道を上っていく。
崖上
コースは西に向きを変え、板橋大山公園のあたりに向かっていた。板橋大山公園から西に向かう道路は崖の上にあり、左(南)側の塀の向こうにコースがあったらしい。写真左は現在空き地になっている。
右の崖下には、このページで最初に進んできた栄町の水路敷がある。
健康長寿医療センター
空き地の西側に立つ東京都健康長寿医療センターを東上17号踏切を渡った西側から振り返って見たところ。健康長寿医療センターは1872年(明治5年)に創設された養育院の跡地に建設された。
写真手前の空き地あたりにコースがあったのではないかと思われる。
西側
健康長寿医療センターの西側は下り坂になっており、写真手前の交差点あたりから北へ向かっていた。
東武東上線
豊島病院通りまで戻ってきたところで、東武東上線の馬場架道橋をくぐる。コースはアンダーパスあたりを右に通って、豊島病院通りの北側を旧板橋九小に向かって続いていたと思われる。
メインスタンド
メインスタンドがあったあたりを北向きに見たところ。ここにも何も痕跡は残っていない。
空き地
栄町19番地にある東京都管理の空き地を西側から見たところ。ちょうどコースがあったあたりに東西に空間が残っているのだが、関連性はまったくわからない。
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