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南武線・府中本町〜分倍河原
地図
OpenStreetMapで府中本町駅から分倍河原駅までを見る。
駅間には社員通路となっている業務用の構内踏切と、現存する1ヶ所の踏切のほかに全国Q地図の東京都3千分の1地図(1952〜1958年)を見ると4ヶ所の踏切があったことが見て取れる。
大國魂神社
府中本町駅というよりは府中駅の方が正面にあるが、東京競馬場北側の崖上にある大國魂(おおくにたま)神社。
伝承上の創建は景行天皇41年(西暦111年)とされ、大化元年(645年)に境内に武蔵国府が置かれて武蔵総社となったという。
この写真は2026/4/19撮影。
社員通路
府中本町駅の北側、南武線下りがカーブして行く途中に「社員通路」という看板が付いている構内踏切がある。
ここからの写真は2026/1/26撮影。
看板
社員通路は踏切を渡って南武線と武蔵野線の間にあるJRの施設へ入るためのもので、関係者以外は立入禁止となっている。
府中本町跨線橋
社員通路の北側で元は鎌倉街道が南武線を渡っていた場所にある府中本町跨線橋を西側から見たところ。ここに大きな踏切があった。
東側は崖上なので高低差があり、跨線橋のアプローチは会津若松の「さざえ堂」のような螺旋を描いている。ただし、さざえ堂と違って上下方向は分離されていない。
清水下小路
西へカーブして行く南武線の北側は崖になっていて、清水下小路(しみずしたこみち)という細道が通っている。
善明寺用地
善明寺用地という看板がある行き止まりの道から線路越しに清水下小路を見たところ。ここに踏切があったと思われる。
善明寺
天台宗善明寺は清水下小路の北側にある。
みょうらいばし
踏切跡の西側で下河原線が南武線の上を越えていた「みょうらいばし」を南がから見たところ。左側の歩道部分に下河原線が走っていた。
旧甲州街道
崖上を東西に走る旧甲州街道まで出て振り返って南を見たところ。
クモハ40
実はここ、どうやら2025年の日記で紹介した営業していた頃の下河原線の写真が撮影された場所だと思われるのだ。
まったく面影は残っていないが、ここには下河原線の踏切があったようだ。
府中三小
高安寺の下で崖下に下りた清水下小路から、南武線南側の府中第三小学校(現在改築中)を見たところ。崖下に並んで建つ住宅の脇に、小学校方向へ渡る踏切があった。
小学校前踏切
府中三小の西側、分倍河原駅手前にあるのが小学校踏切(踏切番号No.63)。
新田義貞像
分倍河原駅南口ロータリーに建つ新田義貞像。元弘3年(1333年)に新田義貞が鎌倉幕府軍を打ち破った分倍河原の戦いは、その後の鎌倉幕府滅亡に向けた大きな転換点になったという。
行き止まり
新田義貞像の後ろあたりに分倍河原駅が東側に延伸される前は踏切があった。
北側から見ると下り坂の途中で道路が途切れているところがあって、その先に踏切があったらしい。
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