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渋谷1号~神泉2号踏切
地図
OpenStreetMapで渋谷駅から駒場東大前駅までを見る。
京王井の頭線は京浜東北線の大井町から明大前(遺構が残っている)、中野、滝野川、三河島などを通って江東区の砂町までの環状鉄道敷設を目指した東京山手急行電鉄が、渋谷急行電鉄が免許を取得していた路線を合併して帝都電鉄と改称して昭和8〜9年(1933〜1934年)開通したもの(東京山手急行電鉄の免許はその後失効)で、小田急帝都線→東急井の頭線→京王帝都→京王電鉄と変遷している。
渋1
井の頭線は渋谷川谷底の高架駅である渋谷駅を出発してすぐに渋谷トンネルに入り、そのトンネルを抜けた直後にあるのがこの渋谷1号踏切。
このページの写真はいずれも2024/1/19撮影。
神泉駅
踏切の西側にはすぐに神泉駅と神泉トンネルがあり、ここも谷底(渋谷川支流の宇田川の支流)であることがわかる。神泉駅は平成7年(1995年)にホームが延伸されるまで3両分しか長さがなく、長らく5両編成の吉祥寺方2両はドアが開かなかった。
神1
神泉トンネルの西側へ回り込んで、神泉1号踏切跡を南側から見たところ。
昭和22年
国土地理院Webから昭和22年(1947年)の空中写真
神泉1号踏切はこの時点ではしっかりと写っているが、昭和38年(1963年)の空中写真には写っておらずその間に廃止されたようだ。
全国Q地図
全国Q地図の東京都3千分の1地図では1965〜1966年版まで踏切の描写がある。
北側
北側の道路から神泉1号踏切跡を見る。こちら側は踏切へのアプローチ部分が空き地として残されている。
階段
神泉1号踏切の西側は目黒川支流である空川(そらかわ)の谷になっており、架道橋2つの西には南側の谷から線路に登る階段がある。
神2
階段を上り切ったところに神泉2号踏切がある。踏切の北側、住宅の向こうは東京大学の敷地になっているため、ここを利用するのはほとんどが学生なのだろう。
東大前駅跡
線路の北側(東大敷地ではない公道)から神泉2号踏切の西側を見たところ。写真奥には駒場東大前駅の跨線橋が見えるが、踏切のすぐ横にはかつて島式ホームの東大前駅があった。写真左側に見える広告看板は駅ホームの前にあったものが残っているのだという。
東大前駅は昭和40年(1965年)に吉祥寺よりの駒場駅と統合されて駒場東大前駅となった。昭和26年(1951年)までは一高前駅、昭和10年(1935年)までは東駒場駅という名前であったが、駒場駅との距離が短すぎたため電車の速度が上がらず統合によって渋谷・吉祥寺間の所要時間を24分まで短縮したらしい。(参考:鉄道ピクトリアル2004/3, 鉄道図書刊行会)
東口
線路南側道路の突き当たりはそのまま駒場東大前駅の東口階段になっている。跨線橋の北側はもう東大(階段下には「東大口」と書かれているそうだ)なので、この改札もほどんど学生しか利用していないようだ。
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