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石神井公園1号〜10号踏切

OpenStreetMapで石神井公園駅西側を見る。いずれも連続立体化により廃止されている。

石神井公園南口の旧定期売場横にある地図。2011/5/28撮影。
よく見ると、旧石神井公園3号踏切に向かう南側の道の右側に、見覚えのない線路へ向かう脇道が書かれている。
よく見ると、旧石神井公園3号踏切に向かう南側の道の右側に、見覚えのない線路へ向かう脇道が書かれている。

全国Q地図の東京都3千分の1地図(1961〜1962年)にもこの道は描かれているが、線路を跨いでいるようには見えない。

旧石神井公園3号踏切の工事告知を見ながら、問題の場所へ向かってみよう。
ここからの写真は2011/5/28撮影。
ここからの写真は2011/5/28撮影。

ミラーのあるあたりが、上の地図で左から脇道が出てくるところのはずなのだが、右側に道はない。

地図右側の脇道から交差点を見る。向かい側はマンションの敷地になっていて、行き止まりだ。
二つのマンションの間あたりに、かつて道路があったのだろうか?
二つのマンションの間あたりに、かつて道路があったのだろうか?

2007/10/6の線路側付近。石神井公園2号踏切から3号踏切方向を撮影したもの。
すでに側線の解体が終わった時点だが、写真の信号機のあたりに左から道が来ていたことになる。
痕跡らしきものは何も残っていない。
すでに側線の解体が終わった時点だが、写真の信号機のあたりに左から道が来ていたことになる。
痕跡らしきものは何も残っていない。

国土地理院Webサイトから昭和38年(1963年)の空中写真(国土地理院撮影)でも、かすかに脇道は確認できるが、踏切を跨いでいるようには見えない。
同じ「ねりまっぷ」の昭和22年の空中写真や、手元にある地形社編「昭和十六年大東京三十五區内(27)板橋區詳細図」(人文社の復刻版=こちずライブラリ扱い)では線路北側にそもそも側道がないので、踏切ではなかったと考えた方が妥当かもしれない。
同じ「ねりまっぷ」の昭和22年の空中写真や、手元にある地形社編「昭和十六年大東京三十五區内(27)板橋區詳細図」(人文社の復刻版=こちずライブラリ扱い)では線路北側にそもそも側道がないので、踏切ではなかったと考えた方が妥当かもしれない。

2007/6/2の撮影。幻の2.5号踏切あたりから石神井公園3号踏切を通過するN101系の後追い。

OpenStreetMapで石神井公園3号踏切から大泉学園駅を見る。
連続立体化工事時点ですでに石神井公園6号踏切、7号踏切、9号踏切は廃止されており、10号踏切は高架化範囲外となったため現在でも現役として存続している。石神井公園5号踏切は旧道にあった踏切が廃止されていたが、高架化後に高架下を南北に通る道路として復活している。
連続立体化工事時点ですでに石神井公園6号踏切、7号踏切、9号踏切は廃止されており、10号踏切は高架化範囲外となったため現在でも現役として存続している。石神井公園5号踏切は旧道にあった踏切が廃止されていたが、高架化後に高架下を南北に通る道路として復活している。
石神井公園4号踏切は車両通行ができない狭い踏切だった。この写真は2008/4/5撮影。
ロールアップの写真は2020/6/7のものだが、踏切南側のアプローチは道路幅が狭いままで、現在でも車両が通行することはできない。
ロールアップの写真は2020/6/7のものだが、踏切南側のアプローチは道路幅が狭いままで、現在でも車両が通行することはできない。

全国Q地図の東京都3千分の1地図(1965〜1966年)。
右から旧5号、新5号、6号と3つの踏切が描かれており、高架化工事前にすでに欠番だった6号踏切の位置が分かる。
右から旧5号、新5号、6号と3つの踏切が描かれており、高架化工事前にすでに欠番だった6号踏切の位置が分かる。

北側を都道444号から左に分かれる旧道を進む。
一見気が付かないが、道路左に赤く塗られた境界標がある。
ここからのページの写真は記載がない限りいずれも2011/5/14撮影。
一見気が付かないが、道路左に赤く塗られた境界標がある。
ここからのページの写真は記載がない限りいずれも2011/5/14撮影。

実はこの道路、西武鉄道の境界標よりも線路寄りにある。どうやら、西武鉄道所有地に通っていたらしい。
それにしても、この看板はいったい何時からここにあるのだろうか?
それにしても、この看板はいったい何時からここにあるのだろうか?
北側から旧・石神井公園5号踏切と思われる場所を見る。
正面の擁壁が切れているあたりが、かつては踏切だったのではないだろうか。
ロールアップで高架化工事後2017/2/25の姿。南側にあった側道が高架下になって廃止されてしまったため、北側に新設された側道に向かって旧踏切の位置に通路ができた。
正面の擁壁が切れているあたりが、かつては踏切だったのではないだろうか。
ロールアップで高架化工事後2017/2/25の姿。南側にあった側道が高架下になって廃止されてしまったため、北側に新設された側道に向かって旧踏切の位置に通路ができた。

同じ都道444号北側から今度は右に曲がって細道を進む。
写真正面の草むらが見えているあたりに、東京外郭環状道路の計画がある。
写真正面の草むらが見えているあたりに、東京外郭環状道路の計画がある。

上の写真の草むらを右に進むと、マンションの横に不自然な形で残された区有地があった。
どうやら、このあたりが旧・石神井公園6号踏切。
どうやら、このあたりが旧・石神井公園6号踏切。
南側からの眺め。踏切が廃止された跡にありがちな無意味に尖った道路の先端部分を見る。
この場所、写真右側は連続立体化工事用地が確保されており、高架化と外環工事で消える運命にある。
この写真のみ2011/4/16撮影(差し替えました)。
ロールアップで高架化工事後2017/3/25の姿。こちらも高架を潜る通路として復活している。
この場所、写真右側は連続立体化工事用地が確保されており、高架化と外環工事で消える運命にある。
この写真のみ2011/4/16撮影(差し替えました)。
ロールアップで高架化工事後2017/3/25の姿。こちらも高架を潜る通路として復活している。

国土地理院Webサイトから改めて昭和38年の空中写真(国土地理院撮影)を見ると、すでに踏切と南側で都道444号が完成しているが、北側では前原交差点へ向かう道は未完成な状態。
この時期には、まだ旧5号踏切も残っており、切り替えはこの写真よりも後の時期のようだ。
この時期には、まだ旧5号踏切も残っており、切り替えはこの写真よりも後の時期のようだ。

全国Q地図の東京都3千分の1地図(1965〜1966年)。
右から線路をまたぐ踏切が7、8、9、10号とそろっているのが分かる。
このあたり、現在は2つの踏切しかなく、踏切番号は石神井公園5号の次は8号、10号と飛び飛びになっている。
右から線路をまたぐ踏切が7、8、9、10号とそろっているのが分かる。
このあたり、現在は2つの踏切しかなく、踏切番号は石神井公園5号の次は8号、10号と飛び飛びになっている。
現役の石神井公園8号踏切へ北側から向かって左脇、斜めに線路に突き刺さっている道が旧・石神井公園7号踏切跡。
ここからの写真は2011/5/14撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。
写真左の線路脇は、すでに連続立体化工事のために確保された用地で、西武鉄道により花が植えられている。
ここからの写真は2011/5/14撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。
写真左の線路脇は、すでに連続立体化工事のために確保された用地で、西武鉄道により花が植えられている。

南側から。左は中高一貫校となった大泉高校と付属中学の敷地。
7号と8号は、大泉高校の土地の北端を西武池袋線が斜めにカットした形で通り抜けた場所にある。
7号と8号は、大泉高校の土地の北端を西武池袋線が斜めにカットした形で通り抜けた場所にある。
線路脇まで近づいてみる。
明らかに取って付けたような柵の部分が石神井公園7号踏切だったと思われる。
写真奥の石神井公園8号踏切へ向かう側道は車両通行不可。たまたま人がいない写真だが、いつもは結構人通りが多い道だ。
この写真は2011/4/16撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。
明らかに取って付けたような柵の部分が石神井公園7号踏切だったと思われる。
写真奥の石神井公園8号踏切へ向かう側道は車両通行不可。たまたま人がいない写真だが、いつもは結構人通りが多い道だ。
この写真は2011/4/16撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。
石神井公園8号踏切はもともと大泉学園方の北側にしか車が通れる側道がなかった。
この写真は2012/4/7撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。動物病院は変わらないが、左右に側道が出来、信号が設置された。
この写真は2012/4/7撮影。ロールアップは2020/6/7の姿。動物病院は変わらないが、左右に側道が出来、信号が設置された。

一方、石神井公園8号踏切の北側を線路沿いに大泉学園駅方向へ進む。
ここからの写真は2011/5/21撮影。
ここからの写真は2011/5/21撮影。

道路は、マンションの南側で妙な形の行き止まりになっている。
ここが旧・石神井公園9号踏切のあった場所と思われる。
ここが旧・石神井公園9号踏切のあった場所と思われる。

国土地理院Webサイトで昭和36年の空中写真(国土地理院撮影)を見ると、現在残っている石神井公園8号踏切の東側に7号、西側に9号があるのが見て取れる。

ところで、石神井公園8号踏切脇にあった看板の地図。なんだか気になる部分が…
矢印部分は踏切に見えなくもないような。
ここからの写真は2011/5/14撮影。
矢印部分は踏切に見えなくもないような。
ここからの写真は2011/5/14撮影。

矢印位置の南側から。
いかにも踏切っぽくはあるが、どうだろう。昭和34年の地図ではここは畑で、踏切はない(北側にはあぜ道が書かれている)。
いかにも踏切っぽくはあるが、どうだろう。昭和34年の地図ではここは畑で、踏切はない(北側にはあぜ道が書かれている)。

北側からあぜ道の先端を見る。
ここに踏切があったとしてもおかしくはない風情なのだが、はたしてどうだったのだろうか。いずれ文献を調べてみたい。
ここからの写真は2011/4/16撮影。
ここに踏切があったとしてもおかしくはない風情なのだが、はたしてどうだったのだろうか。いずれ文献を調べてみたい。
ここからの写真は2011/4/16撮影。

もうひとつ気になる行き止まり。
大泉学園駅から南側の側道を石神井公園10号踏切の先へ進むと、いきなり道が途切れて右へ折れる場所がある。そこの北側に回ってみたのがこれ。
ここに踏切があったら便利だったのかもしれないが、北側の道路は狭いので無理な感じであった。
大泉学園駅から南側の側道を石神井公園10号踏切の先へ進むと、いきなり道が途切れて右へ折れる場所がある。そこの北側に回ってみたのがこれ。
ここに踏切があったら便利だったのかもしれないが、北側の道路は狭いので無理な感じであった。

最後に現役の石神井公園10号踏切。
北口再開発に伴って北側道路と位置がずれていたため、2019/2にやや大泉学園駅側へ移設された。
この写真は2019/2/2撮影。
北口再開発に伴って北側道路と位置がずれていたため、2019/2にやや大泉学園駅側へ移設された。
この写真は2019/2/2撮影。