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東伏見1号~4号踏切
地図
OpenStreetMapで東伏見~西武柳沢駅間を見る。
現在は東伏見1号踏切と4号踏切の2つしか踏切はない。
昭和38年
国土地理院Webサイトから昭和38年の空中写真(国土地理院撮影)で、まず東伏見1号から3号踏切付近を見る。
ロールオーバーで見る昭和22年の空中写真(米軍撮影)には、5つの踏切らしきものが写っている。1号踏切はいいとして、どれが2号と3号なのだろうか。
1963年
全国Q地図の東京都3千分の1地図(1963〜1964年)
2号踏切と思われる場所がなくなっている。
一の鳥居
東伏見駅南口にある、駅名の由来にもなっている東伏見稲荷神社の一の鳥居。探索はここからスタート。
探索が二回にわたっているので、写真の撮影日はそれぞれ記載(左は2011/8/20撮影)。
伏0
富士町4-18にある三叉路がおそらくは昭和22年の空中写真にあるもっとも東寄りの踏切跡。2011/9/3撮影。
痕跡らしきものは全くみられない。
伏1
現役の東伏見1号踏切。駅西側にあるが、車がすれ違えない狭い踏切になっている(しかし両方向通行)。8/20撮影。
連続立体化工事では、この踏切までが廃止される予定となっている。
伏2
東伏見2号踏切と思われる場所は、昭和38年の地図ですでに分からなくなっている。
昭和22年の空中写真と、昭和34年の地図をもとに探した場所がここ。南側から道路が斜めに側道へ合流する位置だ。9/3撮影。
北側の地割が元の畑の境界線と一致しているようでもあり、手前側には、写真の右端にわずかに写っている路盤の舗装が切り替わっている(コンクリからアスファルトへ)部分が怪しいとみたがどうだろう。
伏3
南側の側道が下り坂になるところ、線路脇に不自然な斜めの擁壁がある。
どうやらここが東伏見3号踏切の跡だと思われる。空中写真の地形とも一致する部分だ。ここから4号踏切までは8/20撮影。
二の鳥居
少し後ろに下がった見たところ。
左側に東伏見稲荷神社の二の鳥居があり、左の道が参道になっている。
右側の、もとは踏切に上がる坂だったと思われる部分は、西武鉄道の東伏見開閉所となっている。
アンダーパス
踏切のあった場所は、非常に狭いアンダーパス(南側からの一方通行)になっている。
北側
北側に回ってみる。
写真右にあるコンクリートの擁壁部分がおそらく東伏見3号踏切へ向かう坂があったであろう場所。手前は空き地になっている。
伏3.5?
北側から西へ進んで昭和22年の空中写真で踏切があったと思われる場所へ。
いかにもそれっぽい空間を発見。
南側
南側に回ってみる。不自然な直角カーブになっていて、北側と段差はあるが踏切があってもおかしくはない雰囲気だ。
昭和38年
再び国土地理院Webサイトから東伏見4号踏切を中心とした空中写真。
昭和38年の写真(国土地理院撮影)には駅東側に1つ、昭和22年の写真(米軍撮影)にはそこと違う場所に2つと、4号の東側に1つ踏切らしきものが見える。
1961年
全国Q地図の東京都3千分の1地図(1961〜1962年)
おおむね前の空中写真と同じ位置に道路と踏切があるように見える。
調布保谷線
東伏見3号踏切から4号踏切まではかなり距離がある。その間には、東伏見稲荷神社の敷地があるのだが、その敷地の東側を削って進んでくるのが西東京都市計画道路3・2・6号調布保谷線。
西武新宿線は大きなトンネルの建設が進んでいて車道は地下で通り抜ける一方。歩道は掘割になっている線路の上を跨ぐ陸橋としてすでに出来上がっている。
写真は北側からみた陸橋。
崖
陸橋から西側に歩を進めると、怪しい雰囲気の行き止まりを発見。
しかし、この先は掘割の崖になっており、線路の南側は千駄山緑地、ここが踏切であった可能性は低そうだ。
伏4東
さらに西に進み、東伏見4号踏切の東側にある行き止まり。
地図から見る限り、かつては踏切だった可能性が高い。
伏4
現役の東伏見4号踏切。連続立体化工事の領域からははずれるため、今後もこの踏切は残される。
南側で関東バスが踏切の先を駅(右)方向へ曲がるため、詰所に警備員が常駐している。
庚申塚
踏切から北へ進むと、富士街道との交差点に柳沢庚申塚がある。写真左側が、昭和22年の空中写真にも写っている古道らしい。このあとは9/3撮影。
富士街道は交差点から西側が西から一方通行の商店街になっており、そこを進む。
細道
細い道となった冨士街道から、さらに細い脇道へ進む。
昭和22年の空中写真では、正面に見えるパチンコ店の裏側に線路に向かう道があるのだが、民家の敷地に飲み込まれてしまい、まったく痕跡がなかった。
伏4.5?
上の細道を進んだ突き当りが写真中央右の白い建物のあたり、そこから左に曲がると道はホームに突き当たるが、昭和22年の空中写真ではそこが踏切だったようだ。
伏5?
上の写真正面の突き当りは右に向かってホーム沿いに歩道がある。それを進んだ場所がこの写真正面。
昭和38年の空中写真ではここが踏切となっている。ホーム延伸前までは、東伏見5号踏切だったのかもしれない。
西武柳沢駅入口
富士街道から西武柳沢駅北口に向かう道は、地元の人でなければ気が付かないような場所にある。
写真の中央に「←西武柳沢駅」という案内があるのだが、素通りしてしまいそうだ。
裏路地
商店街の裏路地そのものだが、正面に橋上駅である西武柳沢駅へ行く階段が見える。
昭和22年の空中写真では、ここにも踏切があったように見えるが、ここももう痕跡は残っていない。
地図
南口の交番にあった駅前の地図。
実際にはない道が書かれていたりするが、おおむね昭和22年、38年の空中写真と対応が取れるようだ。
梅70
おまけは南口ロータリーで発車待ちをしていた都バス梅70系統青梅車庫行。
全長31.82kmもある都バス最長路線の東端がここ(1960年から1984年まではさらに阿佐ヶ谷まで行っていたそうだが)。思わず乗ってみたい誘惑に駆られるが、片道2時間近くかかるらしく、思いとどまった。
※2015/3/31で花小金井駅までに短縮されてしまった。
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