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荏原中延1号~11号踏切

OpenStreetMapで荏原中延駅から旗の台駅周辺を見る。
旗の台駅で交差する池上線と大井町線は中延付近で並走しており、このあたりには多数の踏切があった。
池上線の踏切は戸越銀座・旗の台間の地下化によって1989年3月に荏原中延1号から9号踏切が廃止され、10号と11号が現在は荏原中延1号、2号踏切となっている。
中延(なかのぶ)は鎌倉時代初期にはすでに中延郷として荏原郡の中心地であったと伝わる古い土地柄で、古くは「なかのべ」と呼んでいたという。
旗の台駅で交差する池上線と大井町線は中延付近で並走しており、このあたりには多数の踏切があった。
池上線の踏切は戸越銀座・旗の台間の地下化によって1989年3月に荏原中延1号から9号踏切が廃止され、10号と11号が現在は荏原中延1号、2号踏切となっている。
中延(なかのぶ)は鎌倉時代初期にはすでに中延郷として荏原郡の中心地であったと伝わる古い土地柄で、古くは「なかのべ」と呼んでいたという。

地下化された荏原中延駅の入口を通る「なかのぶスキップロード」に旧荏原中延1号踏切があった。
池上線の跡にはコーヒーショップが建っている。
ここからの写真は2026/3/11撮影。
池上線の跡にはコーヒーショップが建っている。
ここからの写真は2026/3/11撮影。

東西に走る昭和通りが池上線を斜めに渡っていた旧荏原中延2号踏切跡。

昭和通り商店街のあちらこちらには、マスコットキャラだという「しょうちゃん」の像や看板が設置されている。

荏原中延3号踏切から先は線路を南北に渡っている。

荏原中延4号踏切の跡は踏切の南北に丁字路がある。

荏原中延4号踏切跡と5号踏切跡の間は延山くすのき公園として開放されている。線路跡には踏切を模した銘板があった。

荏原中延5号踏切跡から西側、隣の6号踏切跡までの間は開口部になっていて池上線の線路が見える。

開口部の西側で東西に渡る荏原中延6号踏切跡。ここから8号踏切まではジグザグに連続して踏切が続いている。

南北に渡る荏原中延7号踏切の跡。南側には立会川の谷があって坂道になっている。

駐車場として利用されている線路跡を挟んで東西に渡る荏原中延8号踏切跡。ここから9号踏切跡までは西中お日さま公園として開放されている。

西中お日さま公園入口のモニュメント。アンパンマンではなくアザラシかアシカではないかと思うがよくわからない。

西中お日さま公園には大きな日時計がある。

公園西側にある荏原中延9号踏切の跡は「ふれあい橋」という歩道橋になっている。

ふれあい橋から旗の台方向を見たところ。地下から出てきた池上線は旗の台駅で大井町線と交差するため地上を走行する。

地上部に残る荏原中延1号踏切(旧10号踏切)。

荏原中延1号踏切の東側には、昭和2年(1927年)に開業し昭和26年(1951年)に旗の台駅に統合された旗ヶ岡駅があった。
大井町線との交差部には当初駅がなかったのだが、西側にあった大井町線の東洗足駅と統合されている。
大井町線との交差部には当初駅がなかったのだが、西側にあった大井町線の東洗足駅と統合されている。

旗の台駅前にあるのが荏原中延2号踏切(旧11号踏切)。

ところで、旗ヶ岡駅跡の北側にあるマンション脇の隙間に旗ヶ岡子育て地蔵尊がひっそりと祀られている。
元は中原街道にあったものを旗ヶ岡駅開業時に駅前広場に移し交通安全と地域の平和発展を願ったものという。
元は中原街道にあったものを旗ヶ岡駅開業時に駅前広場に移し交通安全と地域の平和発展を願ったものという。