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大崎広小路1号~戸越銀座5号踏切
地図その1
OpenStreetMapで五反田駅から戸越銀座駅間を見る。
池上線は池上電気鉄道が池上本門寺の参詣客を輸送するために開業した路線で、大正11年(1922年)に蒲田〜池上間、翌12年に雪ヶ谷まで、昭和2年(1927年)に大崎広小路まで開通し、昭和3年に五反田まで全通している。
目黒川
目黒川から池上線の五反田駅を見たところ。池上線は五反田で山手線の上を越えて白金方面へ延伸する計画であったが、都営浅草線との直通運転の方に計画を切り替えたこと(この計画も頓挫している)から五反田駅だけが高架の上に取り残された形になっている。
ここからの写真は2026/3/11撮影。
大崎広小路駅
山手通り越しに大崎広小路駅を見る。
ここまでは高架線のため踏切はない。
大崎広小路1号踏切
目黒川右岸に喰い込んでいる谷筋に沿って進んできた池上線が地上で道路と交差する大崎広小路1号踏切。
桐ヶ谷駅跡
大崎広小路1号踏切から西側を見たところ。谷筋は南へ逸れていくが、切り通しになっているところに昭和20年の東京空襲で焼失したため休止となり、昭和28年(1953年)に廃止された桐ヶ谷駅があった。
昭和30年代後半にここから泉岳寺に向かって東急泉岳寺線を建設し、都営6号線(現在の都営三田線)と相互直通運転をする計画が立てられたが、昭和40年代前半に東急が撤退してしまったためたち消えとなってしまった。
結果、泉岳寺から五反田を経由して西へ向かう路線は都営1号線(現都営浅草線)となり、東急と都営地下鉄の相互直通運転は平成12年(2000年)まで40年待たされることになった。
大崎広小路2号踏切
池上線は桐ヶ谷駅跡の西側で国道1号線の下、都営浅草線の上を通って戸越銀座駅手前の大崎広小路2号踏切へ。
地図その2
OpenStreetMapで戸越銀座駅から荏原中延駅間を見る。
戸越銀座2号踏切から荏原中延9号踏切までの間は1989年3月に完成した地下化工事によって廃止されている。
戸越銀座1号踏切
戸越銀座駅南側に残る戸越銀座1号踏切。
駅の東西全長1.3kmにわたる戸越銀座は全国にある「○○銀座」の中で最古とされていて、関東大震災後に銀座で舗装に使われていたレンガ敷を譲り受けて使用したことに由来するという。
戸越銀座通りは古い谷筋で水捌けが悪く、譲り受けたレンガを使って商店街の道路に敷き詰めたのだという。
(参考:戸越銀座商店街オフィシャルウェブサイト「戸越銀座商店街について」)
南側
戸越銀座1号踏切から荏原中延方向を見たところ。
元の池上線はトンネルの入口手前まで上って行っていたが、現在は逆にやや下りながら地下に入っていく。
二中橋
二中橋という名前がついている戸越銀座2号踏切跡。
ここから南側の線路跡は平塚たけのこ公園として開放されており、写真左には踏切を模した銘板が置かれている。
戸越銀座3号踏切
都道420号鮫洲大山線が渡っていた戸越銀座3号踏切跡。
中延橋
中延橋という名前がついている戸越銀座4号踏切跡。
ここにも踏切を模した銘板があり、南側は東中はなみずき公園として開放されている。
戸越銀座5号踏切
荏原中延駅手前にあった戸越銀座5号踏切の跡。
もぐら
東中はなみずき公園南側の入口には、なぜかもぐらのモニュメントがある。
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