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武蔵小山1号~西小山5号踏切
地図
OpenStreetMapで武蔵小山駅から洗足駅間を見る。
この区間では東京都道420号鮫洲大山線の開通によって昭和40年(1965年)に武蔵小山2号踏切が新設されており、それ以前は3号以降の踏切番号がひとつずつ少なかったはずだ。また、翌41年には洗足駅付近の立体交差化工事完成により西小山5号踏切が廃止されている。
先に廃止された西小山5号踏切以外の踏切は、平成18年(2006年)の目黒・洗足間連続立体交差化工事の完成により廃止されている。
武蔵小山駅
地下化された武蔵小山駅。開業時は小山駅だったが、日本鉄道(その後の国鉄、現JR東日本)東北本線に小山駅があったため武蔵小山駅に改称されている。
駅前ロータリーの入口になっている横断歩道付近の手前(写真左の標識手前)に武蔵小山1号踏切があった。
ここからの写真は2026/2/28撮影。
都道
都道420号が渡っていた武蔵小山2号踏切。横断歩道の横が踏切跡で、写真左の交番は線路跡に建っている。
自転車駐車場
交番の裏側では、線路跡は自転車駐車場として利用されている。
武蔵小山3号踏切
自転車駐車場の先にある武蔵小山3号踏切の跡。
武蔵小山緑道公園
武蔵小山3号踏切から西小山駅方向の線路跡は武蔵小山緑道公園として開放されている。
目黒線の歴史
緑道には目黒線(目蒲線)の歴史を説明するプレートが設置されていた。
突き当たり
武蔵小山3号踏切の西小山寄り、線路跡がやや南に向かってカーブしていくあたりに東側から線路に突き当たる道路があるが、反対側に道路はなく踏切ではなかった。
矢の川弁財天
西側を並走する道路には矢の川弁財天がある。このあたりには矢の川という川が流れていたそうだ。
武蔵小山4号踏切
西小山駅方向へ進んで武蔵小山4号踏切跡へ。矢の川が流れていた西側の方がやや谷になっているのがわかる。
武蔵小山5号踏切
次の武蔵小山5号踏切。
目黒線を走った電車
踏切跡の脇に目黒線(目蒲線)を走った電車についてのプレートが設置されていた。
シェルター
そばにはプレートに書かれている3450形電車を模したシェルターがある。
武蔵小山6号踏切
次の武蔵小山6号踏切から西小山駅までは、ふたたび線路跡が自転車駐車場になっている。
架道橋跡
駅北側にある立会道路は立会川の暗渠で、線路は橋で越えていた。
西小山駅
西小山駅は目黒蒲田電鉄の開業時にはなく、遅れて昭和3年(1928年)に開設している。
最初は地上駅で写真手前付近に踏切があったが、立会川の窪地にあって駅両端が勾配になっていたため駅を嵩上げして踏切を廃止したという。
西小山1号踏切
そこから南へ進んで西小山1号踏切跡から南へ伸びる西小山緑道を見たところ。写真手前の西小山駅側はここも自転車駐車場として利用されている。
西小山2号踏切
次の西小山2号踏切は踏切跡の東手前で道路が曲がっている。
西小山3号踏切
西小山3号踏切跡の西側はマンションが建ち並んでいる。
西小山4号踏切
西小山4号踏切跡の洗足駅寄りで目黒線は地下から地上に出てくる(洗足駅手前で再び地下に潜る)。写真は南側の洗足弁天橋から見たところ。
西小山4号踏切は車両通行止めだったが、現在は車両も通行可能になっている。
洗足橋
洗足駅を地下化したことで廃止された西小山5号踏切は洗足橋と名付けられているが、駅舎が線路の上に建っているためあまり橋らしさがない。
ちなみに、洗足駅が地下化された時期については資料によって昭和40年(1965年)から同42年(1967年)とバラツキがあるのだが、東急100周年史の記載を採用した。
厳島神社
おまけで最後に洗足弁天橋のすぐ近くにある厳島神社(弁天社)。
境内に弁天池があり、ここを水源にした立会川の支流があったらしい。ただし、支流の上流端はもっと南にあるようだ。
ここからの写真は2026/3/5撮影。
弁天橋
弁天池の上流側にあたる南側に弁天橋の親柱と欄干が残っている。
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