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鵜の木1号~下丸子4号踏切

OpenStreetMapで鵜の木駅から武蔵新田駅間を見る。
多摩川線は多摩川の流れに沿って低地を走るため、鵜の木駅から蒲田方向は徐々に東向きになっていく。
多摩川線は多摩川の流れに沿って低地を走るため、鵜の木駅から蒲田方向は徐々に東向きになっていく。

鵜の木駅改札前を通る鵜の木1号踏切。
ここからの写真は2026/3/27撮影。
ここからの写真は2026/3/27撮影。

すぐ南に東西から突き当たっている道があるが、全国Q地図の東京都3千分の1地図(1961〜1962年)を見ると踏切があったように描かれている。

東京法務局城南出張所(写真右手前)の前にある鵜の木2号踏切。

鵜の木3号踏切越しに下丸子駅を見たところ。

下丸子駅の蒲田寄りにある下丸子1号踏切。
平安末期の治承4年(1180年)に武蔵國丸子庄(荘)として文献に現れる丸子という地名は、本来多摩川右岸が本体で上丸子と中丸子は対岸の川崎市中原区にある(中丸子村の飛地は左岸側にあった)。
かつては多摩川が大きく東に蛇行していて、この辺りも多摩川の左岸だったと言われている。
平安末期の治承4年(1180年)に武蔵國丸子庄(荘)として文献に現れる丸子という地名は、本来多摩川右岸が本体で上丸子と中丸子は対岸の川崎市中原区にある(中丸子村の飛地は左岸側にあった)。
かつては多摩川が大きく東に蛇行していて、この辺りも多摩川の左岸だったと言われている。

踏切の南側にある下丸子天祖神社(下丸子児童遊園として開放されている)。
境内には昭和11年(1936年)に完成した下丸子耕地整理組合の事業完成記念碑が置かれている。
境内には昭和11年(1936年)に完成した下丸子耕地整理組合の事業完成記念碑が置かれている。

東京都道11号多摩堤通りが渡る下丸子2号踏切。

下丸子耕地整理の北端に位置する水路跡が斜めに多摩川線を渡っているあたりを南側から見る。

水路跡の近くで線路を斜めに渡る下丸子3号踏切。

武蔵新田(むさしにった)駅前にある下丸子4号踏切。