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エンガ掘と周辺の水路敷群要町通り〜千川通り)その2
出口
前のページでさくら小学校に突き当たっていた水路敷を下流に向かってみた。下流側で柵に阻まれてたどれなかった水路は、行き止まりの道の奥から姿を現す。
歩道?
振り返って上流方向。あまり必然性のない歩道部分が水路敷だったのかもしれない。
この写真は2017/6/19撮影。
南へ
突き当たりのところで水路敷は右へ曲がって南へ。
この写真は2017/6/10撮影。
細道
両側を塀に挟まれた細道を進んでいくと、さくら小学校にたどり着く。
この写真は2017/6/19撮影。
じめじめ
さて、再びさくら小学校西側の水路敷に戻って進んでいこう。
学校裏のジメジメとした道が続く。
ここからの写真は特に記載がない限り2017/6/10撮影。
薄暗がり
その先は薄暗い木立の間を抜けていく。
明かり
暗がりを抜けると水路敷は道路に合流。その先の交差点で、水路敷は左に曲がっているようだが。
左
交差点から左を見る。一見続きがどこにあるのか分からないが、矢印でポイントした二ヶ所に水路敷がある。
隙間
手前の水路敷は家と家の間に挟まれた空間にあった。
暗渠
開渠かと思ったが、暗渠になっているようだ。
区境
奥の方の水路敷は、さくら小学校の敷地から出て来て、道路脇の暗渠になっている。
段差
暗渠は徐々に道路と段差のある道となって、そのまま道路とわかれて直進していく。
カクカク
水路敷らしいカクカクと曲がる道。
交差
水路敷は道路と交差して、さらに進んでいく。
ここで西側の水路敷がどうなったのか気になるので、交差する道を右に曲がってみよう。
蓋暗渠
1ブロック先で北側から蓋暗渠が出て来ていた。
蓋暗渠
西側の水路敷は、道路を挟んで南側にも蓋暗渠として続いているが、民家の裏庭に入ってしまうようで通り抜けはできない。
植え込み
東側の水路敷に戻って進む。少し行くと右側に民家の植え込みがある場所に出る。
交差点
再び直行する道と出会ったので、西側の水路敷を探しに行ってみよう。
蓋
北側は民家の敷地に巻き込まれる形になっているが、蓋暗渠の続きであることが分かる。
藪
南側は柵で遮られた藪となっていた。
細道
東側に戻って進む。徐々に水路敷は細くなって行くが、それなりに人通りのある道として利用されているようだ。
造園
西側は造園業者の店舗前の道となっていて、蓋暗渠は残っていない。
児童公園
東側の水路敷を、崖上の児童公園を眺めながら進むと。
柵
西武池袋線の柵が見えてくる。
西武池袋線
崖上がわから見たところ。線路北側の水路敷はここで終わっており、ここで線路の向こう側に渡っていたらしい。
西側の水路敷は、ブルーマップで見たところではもう少し江古田よりで斜めに線路をくぐり、南側で合流していたようだ。
線路の向こう側はかつては空き地だったのだが、フェンスで囲われてしまった。
古地図では、もともとの谷は写真左へ西武池袋線に沿って東長崎3号踏切に向かっており、踏切北側で千川上水から分水していた可能性もある。
踏切
線路脇を東長崎3号踏切へ向かう。たしかに周辺よりも低い位置に道があり、千川上水に階段で上って行くあたりがいかにも分水らしい雰囲気を醸し出しているが、ここは千川上水とは立体交差(写真の水路が上水の下をくぐる)していた悪水吐(長崎悪水吐)だという。
この写真は2017/7/18撮影。
開渠
千川通りの東側に悪水吐の上流部分が開渠で残っているというので改めて見に行ってきた。西武池袋線の東長崎2号踏切跡から、線路北側に沿って千川上水へ開渠が見える。
この写真は2024/6/1撮影。
南側
東長崎3号踏切を渡って南側。東西二つの水路敷が合流しているあたりを上流側から見る。
フェンスで囲われた手前に微妙な空閑があり、そこが水路敷なのだろう。
南へ
斜めに進んだあと、水路敷は一気に南の千川上水へ直進して行く。
狭
途中道幅が狭くなったりしながら。
千川通りへ
いよいよ千川通りが見えて来た。
分水口
千川上水からの分水口に到着。
千川通り
千川通りを東長崎方向に見る。左の自転車がある場所が分水口。
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