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白子周辺の水路敷群(下新倉の水路群)

和光市ガイドマップで下新倉の水路群を見る。
今回は白子川から分流している水路を中心に追いかけてみたい。
梅田川とは和光市認定路線網図に記載されている名称だが、それ以外の資料では見つけることが出来ていない。
下里(さがり)川も川名としては確認できる資料がほかにないが、下新倉村の旧字名として現在もバス停の名称に残されている。
今回は白子川から分流している水路を中心に追いかけてみたい。
梅田川とは和光市認定路線網図に記載されている名称だが、それ以外の資料では見つけることが出来ていない。
下里(さがり)川も川名としては確認できる資料がほかにないが、下新倉村の旧字名として現在もバス停の名称に残されている。

草叢のなかに水路が見える。ここは白子川のすぐ西側で新河岸川に架かる芝宮橋から少し南に行ったところで、芝宮通りから西側に下る坂の下。フェンスの向こうに新河岸川に向かって流れる水路を見つけたのだが、水は涸れているようだ。
ここからの写真は2018/7/29撮影。
ここからの写真は2018/7/29撮影。

前の写真の水路はそのまま芝宮通りの脇を流れ、レインボーモータースクールの東北端まで続いている。水路と分かる場所の起点から下流方向を見たところ。
下新倉地区は、農地として区画整理された時に作られた南北に流れる水路がそのまま残されている場所が多く、このまま順番に西に向かって見ていくことにしよう。
下新倉地区は、農地として区画整理された時に作られた南北に流れる水路がそのまま残されている場所が多く、このまま順番に西に向かって見ていくことにしよう。

1ブロック西側、トタン板の向こうに新河岸川に向かう水路敷が残っている。

上流側は駐車場の向こうに水路敷の空間が残っているものの、水路としての形は崩れてしまっているようだ。

水道道路の北側を見ると、フェンスの間に水路敷が残っていた。
この写真は2018/4/30撮影。
この写真は2018/4/30撮影。

モータースクールに突き当たっていったん水路敷は姿を消す。下流側はフェンスに覆われた藪になっていて、入ることはできない。
この写真は2018/7/29撮影。
この写真は2018/7/29撮影。

モータースクールの南側、笹目通りのガソリンスタンド脇に舗装された水路敷が残っている。北側は自動車教習所になっていて失われているが、白子川に向かって水路敷が伸びているようだ。
ここからの写真は2018/1/14撮影。
ここからの写真は2018/1/14撮影。

一本南側の道路からさらに先を見る。舗装部分は行き止まりになっており、その先の未舗装部分は入っていくのが難しそうだ。写真奥には、側溝のような水路の跡が残っている。

芝宮通りまで出て来て下流方向を振り返ったところ。こちら側はフェンスに遮られて入れない。

前の写真からドラッグストアを挟んで西側の道路を下流方向へみたところ。妙に幅広い道も水路があったらしい。
矢印に注目。
矢印に注目。

矢印の位置で金網越しに西側を見ると、開渠が残っているのが見えた。

開渠が向かう西側の水路敷も辿っていこう。ここも新河岸川へ注いでいるが、上流をみると畑の脇に空き地が残っている。
ここからの写真は2018/4/30撮影。
ここからの写真は2018/4/30撮影。

水道道路の北側は藪というよりすでに林。

モータースクールの西北端まで来た。下流側はフェンスの先に水路敷が見える。
この写真は2018/1/14撮影。
この写真は2018/1/14撮影。

モータースクールの西側道路ではかつての水路は歩道になっている様子。矢島川の流れる金泉寺へ向かう金泉寺通りの出発点から上流方向を見たところ。
この写真は2018/7/29撮影。
この写真は2018/7/29撮影。

バイクショップの東側を抜けて、笹目通りを渡る。笹目通りの北側では、水路敷は生活道路兼地元民の自転車とバイクの置き場になっていた。一応、通り抜けることはできる。
ここからの写真は2018/1/14撮影。
ここからの写真は2018/1/14撮影。

さらに北側は住宅の敷地に巻き込まれて行き止まりになっていた。このルートでは開渠のところまでたどり着けないようなので、次のページではさらに西側の水路、和光市の地図では梅田川となっている場所に行ってみよう。

梅田川の最北端部で新河岸川方向を見る。地図ではここから新河岸川の堤防まで道路が繋がっているように描かれているのだが、そうは見えない。
ここからの写真は2018/7/29撮影。
ここからの写真は2018/7/29撮影。

新河岸川に沿って、下流方向に側溝が続いている。

振り返って梅田川の流路を見る。誰も通らない北端は未舗装のままになっているが、水路の跡は明確にはわからない。

水道道路を越え、そのまままっすぐ南へ進む。

途中。モータースクール西側の部分だけ蓋暗渠が残っていた。
この写真は2018/1/14撮影。
この写真は2018/1/14撮影。

金泉寺通りを渡るところで蓋暗渠は終わり。
ここからの写真は2018/7/29撮影。
ここからの写真は2018/7/29撮影。

バイクショップの西側で、梅田川は笹目通りを越えている。

笹目通りを渡って進んでいくと、道路の東側にある畑と駐車場の間に水路敷が残っていた。ドラッグストア脇にあった開渠から続いているようだ。
ここからの写真は2018/1/14撮影。
ここからの写真は2018/1/14撮影。

梅田川の水路は、畑の先で行き止まりになって民家の中へ飲み込まれていく。

南側に回って見たところ。吹上観音下交差点に向かう吹上バス停脇の空間は、梅田川の痕跡なのかもしれない。
ここからの写真は2018/5/19撮影。
ここからの写真は2018/5/19撮影。

吹上観音下交差点にある商店の前、芝宮通りに沿って歩道が蓋暗渠のように見える。

商店の先には、南に向かって歩行者・自転車専用道路があった。これが梅田川かは微妙だが、水路敷であることは確かなように感じる。

路面に大きく「歩行者・自転車専用道路」のペイントがあった。車止めもあり、オートバイが侵入できそうにも見えないのだが。

途中、駐車場を避けるようにクランクがある。ペイントがなければ、ここからオートバイが間違って入ってくる可能性はありそうだ。

こちらの交差点には車止めがなかった。徐行のペイントは歩行者道路側に向けてのものなので、自転車への注意を促しているということか。

交差点を越えると、白子川旧流路からの分岐点にたどりつく。

ここからは梅田川西側の水路敷を見ていくことにしよう。すぐ西側にもフェンスで囲われた水路敷を見つけたので、新河岸川に向かって見たところ。
ここからの写真は2018/4/30撮影。
ここからの写真は2018/4/30撮影。

振り返って上流方向を見る。不法投棄を禁止する看板の向こうは、開渠が残っていた。

水道道路側から開渠を見る。

水道道路の南側は水路敷が空き地になっていたが、入っていくのは難しそうだ。
ここからの写真は2018/1/14撮影。
ここからの写真は2018/1/14撮影。

南側に回ってみた。水路敷は畑の端に痕跡として残っているだけになっていた。

南側は何やら看板がひっくり返ってしまっている。

一本南側の道路から下流方向。なぜかホームセンターでよく売っているラティスがフェンス代わりになっていた。

南側はフェンスで阻まれている。この先の住宅地でいったん水路敷は失われているようだ。

最後は笹目通り南側に残されたわずかな空間として残っていた。
この写真は2018/1/14撮影。
この写真は2018/1/14撮影。

つづいてもう一つ西側の水路敷へ。新河岸川に向かう場所はデジャヴュを感じなくもないが、フェンスの色など微妙な差はあるようだ。
ここからの写真は2018/4/30撮影。
ここからの写真は2018/4/30撮影。

南側には開渠が残っている。

開渠は水道道路まで続いていた。

水道道路の南側は蓋暗渠になっているが、なぜかフェンスは工事用のもの。

蓋暗渠は南側の道路まで続いている。
ここからの写真は2018/1/14撮影。
ここからの写真は2018/1/14撮影。

南側は一見途中まで通れそうな蓋暗渠。実際には奥の方で行き止まりになっているようだ。

南側まで回り込んでみた。中華料理店脇の路地に蓋暗渠が姿を現わす。
ここからの写真は2018/7/29撮影。
ここからの写真は2018/7/29撮影。

中華料理店脇の路地から金泉寺通りに出てきたところで、蓋暗渠はいったん消えるがクランク状に若干東側に移動して続きが残っている。

上流に向かって伸びる蓋暗渠。このまま昭和通りまで通り抜けられるようなので進んでみる。

昭和通りが見えてきた。藪化していないところをみると、それなりに通行者がいるようにも思えるが、上流端はゴミ置場になっていた。

昭和通り側からみたところ。とりあえずここが上流端ということでよさそうだ。
この写真は2018/1/14撮影。
この写真は2018/1/14撮影。

最後にもう一本西側、下里(さがり)川の失われた下流域あたりの水路敷をみておこう。写真のフェンスの向こうあたりで、下里川は西から北東に向かって流れていたはずだが、まったく痕跡は残っていない。残るのは区画整理後の水路敷だけだ。
ここからの写真は2018/4/30撮影。
ここからの写真は2018/4/30撮影。

水道道路から下流方向を見る。水路敷があることはわかるが、水路としては機能していないように見える。ここから南側は2016年に開校したばかりの下新倉小学校の敷地になっていて、水路敷そのものが失われている。

下新倉小学校の南側で水路敷が復活。草が生えている部分が水路敷と思われるが、微妙に境界線がはっきりしない。
この写真は2018/8/25撮影。
この写真は2018/8/25撮影。

この水路敷は一本南側の道路が上流端になっていて昭和通りまで繋がっていなかった。
この写真は2018/4/30撮影。
この写真は2018/4/30撮影。