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エンガ掘と周辺の水路敷群(下流端〜要町通り)

全国Q地図の東京都3千分の1地図(1961〜1962年)にエンガ掘の水路を書き込んでみた。
エンガ掘はエガ掘、江川などと呼ばれていたとも言われるが、千川上水の豊島南長崎六郵便局北側から分水した流れをメインに、途中千早高校西側や江古田駅、環状7号線の武蔵野病院前交差点あたりから流れてくる支流を合わせ、北向きに石神井川に向かう支流だ。
現在は下流域がエンガ掘緑道として一部整備されている。
エンガ掘はエガ掘、江川などと呼ばれていたとも言われるが、千川上水の豊島南長崎六郵便局北側から分水した流れをメインに、途中千早高校西側や江古田駅、環状7号線の武蔵野病院前交差点あたりから流れてくる支流を合わせ、北向きに石神井川に向かう支流だ。
現在は下流域がエンガ掘緑道として一部整備されている。

石神井川にかかる耕整橋の南側に大きく口を開けている排水口。ここがエンガ掘の合流点だが、そこそこの水量がある現役の暗渠であるのがわかる。左の丸い排水口は水量が増した時のためにあるのだろうか。
ここからの写真は2017/4/29撮影。
ここからの写真は2017/4/29撮影。

エンガ掘の下流端は変電設備が置かれているようだが、一方通行の道路2本の中央にエンガ掘緑道と呼ばれる緑地帯があり、ここがかつての掘だったことを教えてくれる。

緑地帯には歩道がつけられているが、道路の中央になっていることもあってあまり歩行者に利用されているようには見えない。歩道と緑地は交差点や途中のそこかしこで左右を入れ替えながら続いていく。

しばらくまっすぐ南下していくと、正面に商店街の建物が見えてくる。ここでエンガ掘は道路に沿って右(西)に一度曲がる。

突き当たりで振り返って緑道の終点から下流方向を見る。いまではすっかり住宅街になっているが、かつてはこのあたり一帯が田んぼだったという。

シャッター商店街となってしまっている前を進み、写真中央の立木のあたりで再び左(南)へ向かう。

OpenStreetMapで向原、小茂根、小竹地区を見る。

コーシャハイム向原の中央を抜けていくエンガ掘。商店街の取り残され感と比べて、やたらと現代的なマンション群が建ち並んでいる。

遊歩道となっている部分を歩いていくと、しばらくして右手(西側)から崖が迫ってきた。

コーシャハイムの南側で遊歩道は道路の歩道と合流。写真奥に見えるAEONの右側にエンガ掘緑道がある。

交差点から先は道路と別れて再び遊歩道として整備されている。

ツツジが咲く遊歩道を進んでいく。写真左側では、公団住宅(向原団地第一住宅D棟)の建て替え工事が行われているようだ。

しばらく進んだところで、右(西)に水路敷が分岐している(写真手前右)。

こちらはいかにも水路敷らしい細道。武蔵野病院前近辺から流れて来る支流だ。こちらの探索はまたの機会に。

さきほどの分岐のすぐ南側。遊歩道に道路が突き当たっているが、写真正面に見えコーヒーショップ(跡?)の右側にある道路も水路敷っぽいのだが、どうだろう。

とりあえず遊歩道の続きを進む。左側の団地が工事中なこともあり、裏道っぽい感じに。

マンションの裏手が駐輪場になっている。小竹向原駅に近く、駅北側の住人はここに自転車を置いて駅に向かうようで、遊歩道もそこそこ人通りがある。

マンションの間を進んで行くと遊歩道が終わりとなる。

遊歩道を過ぎると、坂道の下にいかにも水路敷な空間が出現。

残された自然崖を横目に水路敷を進む。

分かりにくいが交差点で水路敷は右折して西へ。正面は要町通りの側道に突き当たっている。

OpenStreetMapの小竹向原駅近辺にMapExpert 地籍マップ(β版)を参考としてエンガ掘の水路を推定で書き込んでみた。
東側にある千川上水からの流れとは別に、西側の江古田からの流れは昭和22年の空中写真では向原ゴルフセンター(地図下の表示範囲外)のあたりで千川上水からの流れに合流しているようにみえるのだが、古くは区境に沿って北へ流れてきていたようにも見え、小竹向原駅北側では田んぼの間の水路として細かく分かれていたようだ。
そこに武蔵野病院からの流れが合流し、最終的には千川上水からの流れとも合流して石神井川へ向かっていく。
東側にある千川上水からの流れとは別に、西側の江古田からの流れは昭和22年の空中写真では向原ゴルフセンター(地図下の表示範囲外)のあたりで千川上水からの流れに合流しているようにみえるのだが、古くは区境に沿って北へ流れてきていたようにも見え、小竹向原駅北側では田んぼの間の水路として細かく分かれていたようだ。
そこに武蔵野病院からの流れが合流し、最終的には千川上水からの流れとも合流して石神井川へ向かっていく。

まずは水路敷が要町通りにぶつかるところ。左が崖になっていて、正面は向原小学校の校庭下を要町通りがトンネルで抜けていく場所だが、古くは水路があり、校庭はトンネルの上にかさ上げして作られているようだ。

小竹向原駅側から要町通りのエンガ掘方向を見る。
エンガ掘は正面の向原トンネル入り口付近を横切って北(写真では左)へ流れて、写真奥の道路へ向かっていたはず。向原トンネルは掘り下げられているので、水路の跡は失われている。
エンガ掘は正面の向原トンネル入り口付近を横切って北(写真では左)へ流れて、写真奥の道路へ向かっていたはず。向原トンネルは掘り下げられているので、水路の跡は失われている。

上の写真を撮影した場所から少し小竹向原駅方向へ行き、左(北)側を見るとコンビニの脇に微妙な隙間を発見。

反対側に回り込んで見ると、ドラッグストアと工場の間に段差があり、段差に沿って水路敷らしき空間が残されている。
どうやらここがかつての水路跡とみて良さそうだ。
どうやらここがかつての水路跡とみて良さそうだ。

ドラッグストア側から道路を東向きに見る。手前に引いた線と、奥に引いた線(エンガ掘の位置)の間が谷間になっており、かつては谷の両側に水路があったのではないかと思わせるが、手前の水路は写真左側ではマンション敷地の中に入ってしまい、痕跡は残っていないようだ。

コーヒーショップのところまで戻って南側を見てみる。写真右中央にある建物の奥あたりで水路が左のエンガ掘に向かって横切っていたのではないかと推定するのだが、まったく痕跡はない。

おまけで、エンガ掘が直角に曲がって要町通りへ向かう場所で、まっすぐ進んだ方にある行き止まりを見たところ。
直進する道は両側を崖に挟まれていて、正面も要町通りの側道に行くてを阻まれる。
直進する道は両側を崖に挟まれていて、正面も要町通りの側道に行くてを阻まれる。

その行き止まり、要町通りの側道側から見ると階段で登れるようになっていた。
ここに階段がなくても上の写真で左右どちらの道も側道に出ているので、誰が使うのか微妙な階段に見えなくもない。
古い地図では行き止まりの先までエンガ掘かわ別れた谷筋があったようにも描かれているので、その名残なのかもしれない。
ここに階段がなくても上の写真で左右どちらの道も側道に出ているので、誰が使うのか微妙な階段に見えなくもない。
古い地図では行き止まりの先までエンガ掘かわ別れた谷筋があったようにも描かれているので、その名残なのかもしれない。