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北沢川とその支流(だいだらぼっち川)

OpenStreetMapで代沢橋から下北沢駅付近を見る。
だいだらぼっち川は通称だが、代田六丁目付近から始まって代沢二、五丁目付近で森巖寺川に合流している支流だ。
だいだらぼっち(大太法師)は国内各地に残る伝承上の巨人で、代田という地名はだいだらぼっちが作った窪地(代田六丁目の谷頭付近を指すとされる)をその由来とするという説が有力とされている。
(参考:国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「世田谷の地名:区域の沿革・地誌・地名の起源.上」三田義春ほか/世田谷区教育委員会, 1984)
だいだらぼっち川は通称だが、代田六丁目付近から始まって代沢二、五丁目付近で森巖寺川に合流している支流だ。
だいだらぼっち(大太法師)は国内各地に残る伝承上の巨人で、代田という地名はだいだらぼっちが作った窪地(代田六丁目の谷頭付近を指すとされる)をその由来とするという説が有力とされている。
(参考:国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「世田谷の地名:区域の沿革・地誌・地名の起源.上」三田義春ほか/世田谷区教育委員会, 1984)

代沢二丁目で森巖寺川に合流する地点から茶沢通りの代沢三差路交差点方向を見たところ。地籍図では道路右側の歩道に水路敷がある。
ここからの写真は2025/7/18撮影。
ここからの写真は2025/7/18撮影。

茶沢通りの代沢三差路。三叉路ではなく三差路なのがなぜかはよくわからないが、実際には五叉路ではないのかという気もする。
水路敷は写真右側を奥へ向かい、茶沢通りよりもひとつ西側の道路を北に曲がる。
水路敷は写真右側を奥へ向かい、茶沢通りよりもひとつ西側の道路を北に曲がる。

北へ向かう道路右側に地籍図上の水路敷がある。

一方、代沢五丁目で茶沢通りから西へ向かう路地。地籍図では水路敷とはなっていないが、さきほどの水路敷と比べると上流側からまっすぐ森巖寺川に向かうルート上にありOpenStreetMapでは水路扱いになっている。
古くはこちらがだいだらぼっち川の流路であったのかもしれない。
古くはこちらがだいだらぼっち川の流路であったのかもしれない。

路地がさきほどの水路敷と分岐している交差点は六叉路になっているが、写真左に見える坂道の右隣にある細道が地籍図上では水路敷となっており、だいだらぼっち川の上流方向となる。

崖沿いに住宅が建つ下を抜けていく。

水路敷の道路は小田急線が走っていた(現在は地下)擁壁にぶつかって行き止まりになっている。

小田急線が走っていた跡はシモキタ雨庭広場として整備されている。地籍図では広場西側(写真正面)を通る道路(鎌倉通り)の西側に水路敷が描かれており、写真左側を流れる水路と右側を流れる水路が左寄りで合流している。

右側の水路は封鎖されていて通ることはできない。地籍図で水路敷になっているのは写真奥までで、そこから上流側は住宅地となって痕跡が消えているようだ。

左側の水路敷はビル脇の歩道にあったようだ。地籍図では直進奥の方も二つ目の交差点まで水路敷が描かれているが、だいだらぼっち川は次の交差点に右から流れてきていた。

写真奥の丁字路まではまっすぐ進むが地籍図上では水路敷は写真よりも手前までで、そこから先の道路には描かれていない。

途中で南側を見ると結構な高低差が見える。だいだらぼっち川がわりとはっきりした谷間であることがよくわかる。

丁字路でいったん水路の跡が行方不明になる。地籍図上でもはっきりとした跡はなく、おそらく左側の流れはまっすぐ突き当たり(写真左)から、右側の流れは写真右奥あたりを流れていたのだろう。

北側に回って北へ向かう道路を見たところ。地籍図では道路左側に水路敷があり、全国Q地図の東京都3千分の1地図(1961〜1962年)でも水路が描かれている。

そのまま進んでいくと井の頭線が見えてくる。
ところで、写真左側の住宅地の中には地籍図に複数の水路敷が描かれており、さきほどの左側流路と、その間にも水路があったようだ。空中写真で見るとそれらしい空間はあるものの、民家の間にあって確認することはできない。
ところで、写真左側の住宅地の中には地籍図に複数の水路敷が描かれており、さきほどの左側流路と、その間にも水路があったようだ。空中写真で見るとそれらしい空間はあるものの、民家の間にあって確認することはできない。

井の頭線の下北沢2号踏切手前の交差点を左方向に見たところ。地籍図では写真奥のあたりから次の交差点(代田連絡線が通っていたあたり)左方向へ水路敷があるのだが、見た目ではわからない。
地形図ではここから新代田駅方向に向かって谷筋が食い込んでおり、谷頭は環状七号線付近にあった。
地形図ではここから新代田駅方向に向かって谷筋が食い込んでおり、谷頭は環状七号線付近にあった。

右側に下北沢2号踏切を眺める左下に、だいだらぼっち川の水路があった。

柵のところまで行って新代田駅方向を見ると、線路の築堤脇に水が流れている水路が見えた。新代田駅まではつながっていないようだが、だいだらぼっち川に流れ込む現役の水路ということなのだろう。地籍図には該当する水路は描かれていない。

OpenStreetMapで井の頭線から上流部分を見る。

井の頭線北側に回ってみたところ。こちら側はフェンスで塞がれているが、水路が残っている。

フェンス越しに井の頭線の下に流れ込む水路を見ることができる。

振り返って上流側は地籍図では道路左側に水路敷があるが、暗渠化されていて見た感じはわからない。

交差点の先は地籍図では長狭物になっているが、ひきつづき道路左側に水路があったと思われる。

道路右(東)側の方がかなり高くなっているのがわかる。

川筋から西側の坂道を見ると、こちらも結構な高低差がある。

クネクネと続く道路の左側に水路があった。

だいたいこのあたりがだいだらぼっちの足跡と呼ばれていた窪地と思われる。
写真奥の方に交差点があり、そこから西へ右足の親指方向の谷筋があり、本流はこのまま直進している。
写真奥の方に交差点があり、そこから西へ右足の親指方向の谷筋があり、本流はこのまま直進している。

西に伸びる谷筋を見たところ。地形図を見ると実際にはどうろよりもやや北側が谷筋だったようだ。谷頭は環状七号線を越えたあたりにある。

西側から水路敷の上流端をみたところ。赤い塗装の交差点から右(南)へ水路敷が伸びている。

一方、谷筋はもう少し大原一丁目に食い込む形で北に伸びている。写真奥あたりが谷頭ということになる。