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前谷津川周辺の谷戸と水路敷(出井川その1)

OpenStreetMapで出井川下流部を中心とした地図を見る。出井川は首都高速5号線の下を泉町付近から降ってくる上流部分と、都営三田線の志村三丁目駅を通って新河岸川へ向かう下流部分に分かれているが、下流部分は人工的に作られた流路で、古い地図ではもう少しまっすぐ流れていたようだ。

新河岸川に架かる新河岸橋から南側を見たところ。蓮根川の水門と対になるように出井川の水門が見える。
ここからの写真は2020/1/5撮影。
ここからの写真は2020/1/5撮影。

水門と防潮堤の間にある歩道から出井川を見たところ。フェンスで仕切られていて防潮堤側から出井川の方向には行けない構造になっている。

ちょっとした運動場になっている出井川の下流端。左に見える道路を含め、突き当たりになって終わっている。

上流方向へ進む。川跡は遊歩道になっている。キューブ状の石の車止めはこの緑道に特徴的なものだ。

旧中山道を渡り、さらに進んでいくと国道17号(中山道)に行き当たる。

出井川を中山道が渡る部分には、新小袋橋の欄干が残されていた。小袋というのはこのあたりの地名らしい。古い空中写真を見る限りでは、昭和22年時点ですでにこの場所には橋がかかっていたようだ。中山道の拡幅工事に合わせて作られたので「新」なのだろうか。旧中山道には「旧」小袋橋らしき跡は残っていなかったが。

中山道西側の欄干。手前の柱についていたはずの銘板は外れてしまっている。

さらに西に向かって遊歩道が伸びていく。

一つ先の道路を渡ったところで、遊歩道は南へカーブしていく。

すぐに遊歩道は西に向かってカーブしていく。

アーチを潜り抜けて西へ進む。

左側に志村公園を見ながら、遊歩道は南へカーブしていく。

カーブの途中で西側から別の水路敷が合流してくる。
ここからの写真は2020/1/11撮影。
ここからの写真は2020/1/11撮影。

西に向かう道路の脇に水路敷が残されている。先にこちらを進んでみよう。

すぐに道路と別れ、水路敷だけがまっすぐ西へ伸びていく。

水路敷は国際興業バス志村営業所の北側を通過していく。

工場とマンションの間を抜けていく水路敷。

工事現場の脇を抜け、上流端を目指す。

行き止まりになったところが上流端。水路はもともとこの先にある蓮根川のむつみ橋児童遊園あたりから分かれていたらしいが、痕跡は残っていない。

上流端近くの電器店に置かれた乾電池の自動販売機。懐かしいタイプだが、すでに稼働はしていないようだ。

さて、志村公園まで戻って出井川本流をたどって行こう。

志村公園の中には御成塚というわずかに盛り上がった塚がある。志村公園は御成塚通りからは東に少し外れた位置にあるのだが、名前はこちらが元のようで、徳川吉宗が鷹狩りをしたときに指図をした場所なのだという。

御成塚の脇を抜け出井川をさらに南へ。

環状8号線を渡り、水路敷はさらに南へ。

不自然な空き地は植え込みだったのか児童遊園だったのか。

都営三田線が見えてきたところで水路敷は高架に沿って西へ曲がっていく。

三田線沿いの水路敷は自転車駐車場として使用されている。

都営三田線ガード下には「463」という名称のアーケードがある。463とはなんぞや、と思ったが「し(4)む(6)ら さん(3)ちょうめ」か!

志村三丁目駅の北側を通り抜けた自転車駐車場が終わったところで、水路敷は三田線のガイドをくぐって南へ向かう。

都営三田線が出井川を渡る橋梁には、その名も出井川橋梁という名前が付けられている。

出井川橋梁の南側、遊歩道に怪しい黄緑色の小屋らしきものが建っていた。柵よりの壁に「管理者 東京都下水道局」とあり、どうやらこの下にある暗渠の換気塔らしい。

ふと気がつくと、遊歩道の東側にはものすごい崖の上にマンションが建つ光景が見えた。

志村第四中学校脇の小道を進んでいく。

所在なげなベンチの先で遊歩道は首都高速5号線下の道路に突き当たっていた。