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前谷津川周辺の谷戸と水路敷(前野川)その2

それでは、今度は本流と目される一番西側の流れを見ていこう。

階段のある崖下に2本の道。高低差を見ると左のほうが低く見えるような気がするが、そちらは途中で坂道を登っていくので水路敷としては中央の道だったようだ。

中央の道は川筋らしくクネクネと進んでいく。

途中。左(南)側からも崖が迫ってくるが、道路は崖沿いに作られた「どんぐり山公園」の前を通る。

公園を抜けた先も曲がりくねった道路が続く。

交差点は嵩上げされているように見える。

交差点の右(北)側は坂道。

交差点の左(南)側も坂道になっていた。前野川の谷間の狭さがよくわかる。

さて、さらに上流へ向かっていってみよう。やや北寄りに向かっていた道路は左カーブして西向きに戻っていく。

ゆるゆるとクネりながら上流へ向かう。

かなりの勢いの上り坂になってきた。

上ったところで若木通りと交差。上流部分は矢印のようにビルの向こう側に続いているようだ。

回り込んで道路を進んでいくと徐々に幅が狭くなり、最後は自動車が通れない幅になってしまう。

だいぶ塀が水路敷側に傾いているような気がしないでもない。

自転車置き場とかした水路敷を抜けていく。

写真左側から道路に出たところで水路敷は右の道へ。写真左奥には斜面に作られた「にりんそう公園」が見える。

交差点の先は、一見何の変哲もない道路になっている。

とはいえ、地形的には谷になっていることがわかる。

次の交差点の先は、崖下に分譲住宅が立ち並んでいた。

その先、道路の崖側に水路敷が残されていた。

上流側から見ると、道路の中央まで水路敷を示すブロックがはみ出している。その手前に境界標があることから、ここで水路敷が道路の南側から北側へ渡っていたということだろう。

北側からも擁壁が迫ってきた。

行き止まりかと思ったが、そこから擁壁に挟まれた細い道が続いている。

いよいよ上流端が近づいてきた。

左側の階段上には道路があるが、右側は窪地になっているようだ。

階段の向かい側、北向きにみたところ。反対側の道路に向かって窪地が広がっている。

階段上の道路を見る。

上流端も階段で道路に上っていく形になっていた。

道路側から上流端を見る。水路敷としてはここまでだが、おそらく谷筋としてはもう少し続いていたのではないだろうか。

おまけその1。上流端の近くで見かけた錆びた看板。テレビの絵が昭和の家具型だ。

おまけその2。上流端から富士見街道へ向かって、合流する場所に立つ「かみなか庚申塔」の文字塔。
享和4年(1804年)造立とされ、現在は環状8号線になっている「ふじ大山道」の道標となっていたようだ。
享和4年(1804年)造立とされ、現在は環状8号線になっている「ふじ大山道」の道標となっていたようだ。