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新川(白子川上流)の水路敷群(天神山〜谷戸小学校)その1

OpenStreetMapで新川の天神山から上流を西東京市役所保谷支所まで見る。
途中の碧山小学校と、保谷支所で敷地内を通っていた水路敷が失われているが、概ね残っている経路を今回はたどっていく。
途中の碧山小学校と、保谷支所で敷地内を通っていた水路敷が失われているが、概ね残っている経路を今回はたどっていく。

かえで通りの西側。アパートの横から始まる蓋暗渠。
このページの写真はいずれも2016/8/16撮影。
このページの写真はいずれも2016/8/16撮影。

上流側から振り返ってかえで通り方向を見る。道路とはかなりの段差があり、階段で昇り降りする形。

少し進んだところで橋が残る場所に出る。写真は南側からみたところ。
ガードレールの向きばバラバラで、もともとがどうなっていたのかよく分からない。
ガードレールの向きばバラバラで、もともとがどうなっていたのかよく分からない。

その先、左岸(北)側との大きな段差がよく分かる階段。

雑草が生い茂る中を蓋暗渠が進む。

蓋暗渠は碧山小学校に突き当たっていったん終了。かつてはそのまままっすぐ進んでいたらしい。

碧山小学校の敷地を北へ回り込む。西東京市では水路敷のそばでよく見かける水源地があった。ここは中町二号水源の看板があるが、保谷市第6号水源という古い看板も掛かっている。管轄が保谷市水道課から東京都水道局に移管された時に改称されたのだろうか。

大きな壁画がある碧山小学校の正門(門扉はないが)。碧山というのは地名ではなく、昭和38年(1963年)の開校時に当時の保谷市長が李白の詩「山中問答」から取って名付けたのだそうだ。

碧山小学校の西側。橋のあとが残っている。

コンクリートの車止めが立ちはだかる。このあたりは、蓋暗渠の蓋が道路よりも高い位置にある。

1ブロック先では、橋と蓋暗渠は歩道扱いになっている。橋がそのまま横断歩道になっているのが面白い。

道路と別れて蓋暗渠はそのまま直進していく。

ふたたび道路と並走。かつては道路脇の側溝だったであろう風情で進む。

分譲住宅の前で直角に曲がる。直進方向も谷筋になっていて、伏見通りを越えて保谷小学校の方まで谷があるが、水路敷はないようだ。

あまり見かけないタイプの巨大な車止め。

天神山公園で出会った碧山通りとここで再会するが、蓋暗渠は東に向かっているので逆向きに進んで行く。

碧山通りに沿ってはみたものの、蓋暗渠はすぐに北向きに進路を変えて通りとは別れていく。

そこそこ整備された遊歩道となって続いている。

かと思えばそこそこ荒れているところもあったり。

上の写真の左寄り。微妙に細い道が分かれているが、水路敷なのかどうかは分からない。

造園業者の敷地を回り込むように、蓋暗渠は西へ向きを変える。

蓋暗渠以外にアプローチする道がない中町1号水源。写真は上流側から見たところ。

水源の先で蓋暗渠は道路脇へ合流。

すぐに蓋暗渠は北へ転進。西東京市役所保谷庁舎へ向かって進んで行く。

よくある蓋暗渠の道となって北へ進む。

保谷庁舎の東側に出た。かつての水路は写真中央あたりから西へまがり、保谷庁舎の建屋のあたりを通っていたようだが、もとから北へ伸びる流路もあったのか、付け替えられたのか、現在は保谷庁舎の北へ回り込んで蓋暗渠が続いている。

保谷庁舎の北側。道路に沿って蓋暗渠が残っている。

保谷庁舎と西東京市スポーツセンターの間にある広場に出た。
見た感じはわからなくなってしまっているが、水路敷は写真右側の階段に向かって進んでいた。
見た感じはわからなくなってしまっているが、水路敷は写真右側の階段に向かって進んでいた。

保谷庁舎側から西東京市スポーツセンターを見る。建物のエントランスが全体的に窪んだような変わった形に建てられているが、じつはこのカーブがほぼそのままかつての新川の水路。
手前の踊り場は川の上に作られている格好になる。
手前の踊り場は川の上に作られている格好になる。

スポーツセンターの西側階段の下から、いきなり蓋暗渠が復活。

蓋の上に車両が侵入しないように、注意書きが書かれている。

上流側から振り返ってみる。蓋暗渠がいきなり階段の下に消えていくというのもなかなか他にはない景色ではないだろうか。