川越街道を越えて南へ。さきほどの道路の続きがあるが、放射35号線で再び断ち切られている。
ところで、このあたりは明らかに上流側の方が標高が低くなっているのだが。
放射35号線の西側に見える封鎖された道路が元の道。この道は崖下にある。このあたり練馬区情報公開室の資料では水路敷とされているのだが、古地図では水路は確認できない。
放射35号線から新大宮バイパス方向を見る。このときは2019/3に交通開放という話があった時期だと思うが、小学校の通学路に関する安全対策が問題となり、開放は1年遅れの2020/3/30となった。
さて、旧道は封鎖されていて通れないので南側へ回り込んで大松屋というタバコ店の前に出たところ。練馬区資料での水路敷は写真右奥へ向かっていることになっている。
ちなみに大松というのは下練馬村の小字(小名)で、さきほど通った放射35号線のあたりには田柄谷という小字があったという。
タバコ店から西へ向かう。すぐに大松氷川神社入口の看板に出会った。
少し北に向かったところにあるのが大松氷川神社。
ここにも練馬区指定有形民俗文化財の氷川神社富士塚がある。
元に戻ってくねくねと西へ向かう道を進んで行く。ここに水路敷があったか定かではないが、田柄川の蛇行による旧流路と考えても不思議ではないだろう。
都道442号北町豊玉線との交差点に出た。古地図ではこの交差点の向こうには水路が描かれており、交差点で南(写真左)へ曲がって田柄川に合流している形になっている。今回の探索はここまでとしよう。
おまけで北町観音堂の脇に置かれていた青面金剛庚申塔などの石仏群。