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善福寺川周辺の水路敷群(堀ノ内の支流)

OpenStreetMapで今回のコースを見る。
地図右上にある妙法寺と堀ノ内斎場(実際に斎場があるのは梅里で地図からは外れている)で知られている堀ノ内は、中世の武家居館の屋敷地(鎌倉幕府の侍所別当だった和田義盛の領地と伝わる)が堀に囲まれていたことからと言われているが、どこに居館が合ったのかは諸説あってはっきりしないようだ。
地図右上にある妙法寺と堀ノ内斎場(実際に斎場があるのは梅里で地図からは外れている)で知られている堀ノ内は、中世の武家居館の屋敷地(鎌倉幕府の侍所別当だった和田義盛の領地と伝わる)が堀に囲まれていたことからと言われているが、どこに居館が合ったのかは諸説あってはっきりしないようだ。

善福寺川が西から流れてきて南へ流れを変える武蔵野橋の袂に見える大きな排水口。
ここからの写真は2021/4/29撮影。
ここからの写真は2021/4/29撮影。

武蔵野橋から北に向かって道路と大きな歩道があるが、おそらくは道路の方が水路の跡。

道路が大きく西へカーブしたところで、善福寺川から分かれてきた流路と、堀ノ内の支流が合流するポイントがある。

まずは左の道、善福寺川から流れてくる流路を進んでみよう。

途中、善福寺川との間に細道があった。水路だったのか、どちらに向かって流れていたのかはよくわからない。

直進側は幅が広くなり、途中で車が通れる道路になる。

川まで直進していくかと思いきや、直前で右側へ迂回しているようだ。

緩やかにカーブを描きながら善福寺川へ向かっていく。

そのまま善福寺川との分岐点へ。写真奥には二枚橋が見える。

二枚橋のたもとで餌を探すコサギ。

つづいて支流の方を遡っていこう。

不自然に広い道路のどちらかに水路が流れていたのだろう。

途中、西からさらに支流が合流しているので、こちらを先に見てみよう。

行き止まりの看板が置かれている。

確かにその先は行き止まりになっていた。

さて、支流の本流(?)に戻って上流を目指そう。このあたりでは普通の道路のようにしか見えない。

道路右側の排水口は道路に直接水を落としていて、道路左のグレーチングに向かってあたかも洗い越しのように水の流れができている。もともとは、道路右側に側溝があったのかもしれない。

そこかしこに同じような配管が出ている。

南北に走る道路を渡ったところで、水路跡は大きく北(左)へカーブしていく。

どんどん曲がっていく。

妙法寺商店街と交差して、水路跡はさらに北へ向かうが。

ここで商店街を東へ進んで妙法寺に寄ってみる。妙法寺は日蓮宗の寺院としてそこそこ見られる名前だが、堀之内妙法寺は厄除け祖師(おそっさま)として知られている。

水路の方は商店街の北側で道路と別れ水路敷になっている。

途中、東側の道路との間に草むらになっている怪しい空間をみつけた。果たして水路敷なのかどうかはわからない。

その先で水路敷はさらに左に曲がっていき、北西へ向かう。

対角線上に駐車場のある交差点の先から、車止めの仕様が変わる。

雨足が強くなってきた中、車止めだらけの交差点を通り抜ける。左の住宅は水路敷を跨がないと道路にアクセスできない位置に建てられている。

なぜか道路がないところに車止めだけ置かれている。

しばらく真っ直ぐ進んだあとで、緩やかにくねりながらさらに進む。

人通りの少ない水路敷には不法投棄もあるのだろう。

偏って設置されている車止めの向こうは、いきなり水路敷の幅が狭くなっている。

水路敷に家が張り出してきてさらに狭くなった。

そこを抜けて最上流部には蓋暗渠が出現。車止めでないこの構造物は似たようなものを杉並区内で他でも見かけたが、水門かなにかがあったのだろうか。

蓋暗渠は道路をそのまま跨いで民家の敷地へ消えていく。

民家の反対側に回り込んで上流端から下流方向を見たところ。ここまで蓋は続いていなかった。