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矢向踏切〜浦島踏切

OpenStreetMapで川崎駅から鶴見川までを見る。
川崎駅から北に向かって南武線が分かれていく一方、南に向かってはかつて貨物線が分岐していた。現在貨物線は南武線尻手駅から伸びる浜川崎支線に鶴見側から合流している。
まずは鶴見川の手前まで見ていこう。
参考資料:
・国土地理院Webサイト「昭和22年空中写真(川崎駅付近)」(米軍撮影, 1947)
川崎駅から北に向かって南武線が分かれていく一方、南に向かってはかつて貨物線が分岐していた。現在貨物線は南武線尻手駅から伸びる浜川崎支線に鶴見側から合流している。
まずは鶴見川の手前まで見ていこう。
参考資料:
・国土地理院Webサイト「昭和22年空中写真(川崎駅付近)」(米軍撮影, 1947)

東海道線が南武線と分かれていくところにある矢向踏切(東海道線No.15)。
ここからの写真は2026/10/17撮影。
ここからの写真は2026/10/17撮影。

浜川崎支線の高架をくぐった先にある並木踏切(東海道線No.16)。

並木踏切の川崎寄りに昭和22年の空中写真では踏切が描かれているが、現在該当する場所の北側はマンション敷地になっている。
南側はマンションと分譲住宅地の間にある空間が踏切跡で、写真では見づらいが奥の方に踏切に向かっていた廃道が残っている。
この写真は2026/11/3撮影。
南側はマンションと分譲住宅地の間にある空間が踏切跡で、写真では見づらいが奥の方に踏切に向かっていた廃道が残っている。
この写真は2026/11/3撮影。

線路南北のマンション群を迂回した西側にある古市場踏切(東海道線No.17)。踏切脇に跨線人道橋が併設されている。
この写真は2026/10/15撮影。
この写真は2026/10/15撮影。

古市場踏切の川崎寄りに昭和22年の空中写真では踏切があったが、現在は突き当たりとなっている。
この写真は2026/11/3撮影。
この写真は2026/11/3撮影。

鶴見川手前、品鶴線が合流してくる地点の少し東側にある梅田川地下道も昭和22年の空中写真では踏切であった。
ここからの写真は2026/10/15撮影。
ここからの写真は2026/10/15撮影。

OpenStreetMapで鶴見駅から京急本線の生麦駅までを見る。
鶴見駅付近で品鶴線と鶴見線、京急本線が固まってくるが、東海道本線と品鶴線は停車しない。相鉄・JR直通線も運賃計算上は停車しない鶴見駅経由で計算されている。
参考資料:
・国土地理院Webサイト「昭和22年空中写真(鶴見駅付近)」(米軍撮影, 1947)
鶴見駅付近で品鶴線と鶴見線、京急本線が固まってくるが、東海道本線と品鶴線は停車しない。相鉄・JR直通線も運賃計算上は停車しない鶴見駅経由で計算されている。
参考資料:
・国土地理院Webサイト「昭和22年空中写真(鶴見駅付近)」(米軍撮影, 1947)

鶴見駅南側には総持寺踏切(東海道線No.18)があったが、2012年4月に廃止されている。

總持寺側から見ると、踏切跡の手前に鶴見線の総持寺架道橋が残っている。

車両通行止めになっている花月園前踏切(東海道線No.19)。
写真手前(南)側には京急本線の花月総持寺駅があり、京急鶴見第4踏切がある。
写真手前(南)側には京急本線の花月総持寺駅があり、京急鶴見第4踏切がある。

京急本線の花月総持寺駅と生麦駅の間、東海道本線を渡る3本の跨線人道橋があるが、昭和22年の空中写真ではいずれも踏切であった。
写真は一番鶴見寄りにある生麦人道橋。
写真は一番鶴見寄りにある生麦人道橋。

次の跨線人道橋には清水汲取(しみずくみとり)人道橋というちょっと変わった名前がついている。
汲み取りといっても汚水の話ではなく、海に近く井戸水には海水が混ざっているため、山側から湧き出す清水を汲みにいくための道があったことに由来するという。
(参考:横浜市立鶴見図書館所蔵「古老が語る鶴見の百話」古老が語る鶴見の百話刊行委員会, 1991)
汲み取りといっても汚水の話ではなく、海に近く井戸水には海水が混ざっているため、山側から湧き出す清水を汲みにいくための道があったことに由来するという。
(参考:横浜市立鶴見図書館所蔵「古老が語る鶴見の百話」古老が語る鶴見の百話刊行委員会, 1991)

3つめの柳町人道橋。

京急本線の生麦駅脇にある生見尾(うみお)踏切。
北側から見ると物々しいゲートがあるが、写真手前(北)側が電車・横須賀線の生見尾(電)踏切(東海道線No.20)、中央部分にあるのが旅客・東海道線の生見尾(客)踏切(東海道線No.21)と別扱いになっていて、そのさらに向こうには貨物線の生麦ガード(地下を相鉄/ JR直通線が通っている)、京急本線の生麦第1踏切が続いている。
JR側の二つの生見尾踏切は併設されている生見尾人道橋に代わる新しい跨線人道橋を建設する前提で、今年(2026年)12/7に廃止されることが横浜市から発表されている。
新しい跨線人道橋が完成するのは令和15年(2033年)となるため、それまでの間は現在の人道橋を改良して使用するという。
ここからの写真は2026/10/9撮影。
北側から見ると物々しいゲートがあるが、写真手前(北)側が電車・横須賀線の生見尾(電)踏切(東海道線No.20)、中央部分にあるのが旅客・東海道線の生見尾(客)踏切(東海道線No.21)と別扱いになっていて、そのさらに向こうには貨物線の生麦ガード(地下を相鉄/ JR直通線が通っている)、京急本線の生麦第1踏切が続いている。
JR側の二つの生見尾踏切は併設されている生見尾人道橋に代わる新しい跨線人道橋を建設する前提で、今年(2026年)12/7に廃止されることが横浜市から発表されている。
新しい跨線人道橋が完成するのは令和15年(2033年)となるため、それまでの間は現在の人道橋を改良して使用するという。
ここからの写真は2026/10/9撮影。

生麦ガード側から見たところ。
二つの生見尾踏切は独立して動いているため、間に自動車や歩行者が取り残される形になっている。
二つの生見尾踏切は独立して動いているため、間に自動車や歩行者が取り残される形になっている。

OpenStreetMapで滝坂踏切から京急東神奈川第1踏切までを見る。
横浜線が北から合流してくる位置にある京浜東北線の子安駅(横浜線や東海道線、横須賀線は停車しない)を中心としたエリアには、昭和22年の空中写真では複数の旧踏切が見て取れる。
参考資料:
・国土地理院Webサイト
- 「昭和22年空中写真(子安駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和22年空中写真(東神奈川駅付近)」(米軍撮影, 1947)
横浜線が北から合流してくる位置にある京浜東北線の子安駅(横浜線や東海道線、横須賀線は停車しない)を中心としたエリアには、昭和22年の空中写真では複数の旧踏切が見て取れる。
参考資料:
・国土地理院Webサイト
- 「昭和22年空中写真(子安駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和22年空中写真(東神奈川駅付近)」(米軍撮影, 1947)

右手に横浜環状道路を見る滝坂踏切(東海道線No.22)。
手前には京急本線の生麦第2踏切がある。
この写真は2026/10/15撮影。
手前には京急本線の生麦第2踏切がある。
この写真は2026/10/15撮影。

滝坂踏切から線路北側を新子安駅方向へ進んでいくと坂道を上ることになるのだが、その途中で崖から線路の向こうに京急本線の生麦第3踏切が見えるところ、昭和22年の空中写真ではこのあたりに旧国鉄の踏切があった。
地形がいじられているので正確な位置はわからないが、崖下から踏切に入る形だったのかもしれない。
この写真は2026/11/3撮影。
地形がいじられているので正確な位置はわからないが、崖下から踏切に入る形だったのかもしれない。
この写真は2026/11/3撮影。

京急新子安第1踏切から北側のJRを見たところ。正面の看板あたりにかつては踏切があった。
この写真は2026/10/17撮影。
この写真は2026/10/17撮影。

京急本線子安駅前の京急新子安第2踏切からJRを見たところ。正面の地下道がある右側に踏切があった。
ここからの写真は2026/10/15撮影。
ここからの写真は2026/10/15撮影。

京急本線子安駅の西側にある浦島踏切(東海道線No.23)。
写真は北側から見たところで、踏切の南側には横浜線の浦島ガードがあり、その向こうに京急本線の子安第1踏切がある。
写真は北側から見たところで、踏切の南側には横浜線の浦島ガードがあり、その向こうに京急本線の子安第1踏切がある。

京急本線神奈川新町駅に向かう白幡跨線人道橋の手前に、JRの線路に向かって下っていく封鎖された道路がある。
昭和22年の空中写真では下った先に踏切があった。
ここからの写真は2026/11/3撮影。
昭和22年の空中写真では下った先に踏切があった。
ここからの写真は2026/11/3撮影。

白幡跨線人道橋の脇から南を見たところ。橋の下にいかにも踏切跡らしき空間が残っている。

京急本線の京急東神奈川第1踏切北側にある三ツ沢跨線人道橋脇の行き止まり(写真右端)も昭和22年の空中写真では踏切であった。
この写真は2026/10/17撮影。
この写真は2026/10/17撮影。