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エンガ掘と周辺の水路敷群(大谷口の支流)その2
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昭和22年
板橋区だがねりまっぷで昭和22年の日大板橋病院近辺の空中写真を見る。
日大板橋病院の西側には逆Y字の形をした結構な深さの谷があるのだが、さきほど上ってきた細道(黄色の点線)よりもやや西側の方(オレンジ色の点線)が谷筋のようにも見える。
ロールアップで昭和38年の空中写真になるが、東側の谷間にはびっしりと住宅が建っているのがわかる。かつて、その辺りには溜池があったともいう。
グラウンド下
さきほどの行き止まりで左を向くと、坂の上に日大医学部のグラウンドが見える。写真左手の日大板橋病院との間に坂道があるが、水路敷のようには見えないので、元の谷間はもう少し西側にありそうにも見える。
しかし、右の道の結構な上り坂で、グラウンドの西側に回り込んで上っていってしまうので、もともとの谷の入口がどこなのかはわからなくなってしまっているようだ。
ここからの写真は2017/4/29撮影。
水路敷への入口
ちなみに右の道を少し上ると水路敷に向かって下って行く場所がある。この先はあとで戻ってくることになる。
一方通行
さらにその先、グラウンドの下を南へ上って行く道が左に曲がるところで、正面の一方通行の道は再び下りになっている。
左側は崖になっているので、ここはここでグラウンドの谷とは繋がっていないようだ。
上って下る
谷間の入口が見つからないので、しかたなくグラウンド東側の坂を上って行くと、途中で右側(西側)に下り坂が現れる。
ここからの写真は2017/5/6撮影。
分岐
右の道を下って行くと、すぐに日大医学部附属看護専門学校の正門を右に見ながら、さらに左へ道が下りて行く。
ここへ来てようやく分かるが、もともとこの谷間にはそこへ向かう道がなく、看護学校の敷地の中が谷間になっているようだ。
谷底
少し歩くと谷底にたどり着く。実はこのあたり、谷間の中に密集して住宅が建っていた場所で、大きな道路もなく防災上も問題があったことから平成14年(2002年)から同21年(2009年)にかけて改良事業が行われた結果、現在のような整備された状態になったものだという。
崖上
西側の崖上から谷間を見下ろした形。眼下の道路を挟んだ一体だけが谷間になっていて、狭さがよく分かる。
谷頭
深い谷は上の写真右側(南側)で唐突に急坂を上って行く形で終わりとなる。実際の谷頭は写真右側にあったようだ。
大谷口給水所
坂を上って行った先にあったのは、千川上水脇に立つ大谷口給水所のポンプ棟だった。
ここには戦前の昭和6年(1931年)に完成し、昭和47年(1972年)まで現役だった給水塔があったが、老朽化により平成17年(2005年)に取り壊されたあと、平成23年(2011年)に改めてポンプ棟として建てられたものだ。
ここにはかつて多摩川の砧浄水場から荒玉水道を通ってここまで水が運ばれており、ここからさらに王子方面へ給水していたのだという。
一方、さきほどの谷には、千川上水の漏水が流れて行っていたそうな。
V字谷
少し戻って、日大看護学校の南側に回って見ると、谷頭の部分がV字谷になっていた。看護学校で別れた支谷はこのあたりで終わっているようだ。
この写真は2017/5/20撮影。
突き当たり
さて、再び向原に向かう本流の方に戻ってみよう。先ほどの五叉路で左から二番目の道を進んだ突き当たり。直進できないので左側から裏側へ回り込んでいく。
ここからの写真は2017/4/29撮影。
裏側
裏側に回り込んで上流部分へ向かう。いかにも川跡のような細い道になっていた。
交差点
いったん広い交差点に出るが…
くねくね
まだクネクネとした水路跡が続いている。
宮ノ下
水路跡はクネクネしながら最終的に氷川神社の崖下にある商店街「パステル宮の下」にぶつかっている。

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