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北沢川とその支流(代沢橋〜梅ヶ丘橋)

OpenStreetMapで代沢橋から梅ヶ丘橋を見る。
この間の北沢川緑道には支流らしきものが見当たらないため、まっすぐ緑道を進んでいくことにする。
この間の北沢川緑道には支流らしきものが見当たらないため、まっすぐ緑道を進んでいくことにする。

代沢橋から代沢小学校南側の北沢川緑道を上流へ向かう。
このページの写真はすべて2025/7/21撮影。
このページの写真はすべて2025/7/21撮影。

次の橋場橋で茶沢通りが渡る。

木立の間を進んでいく。途中で北沢用水を模した水路が交差する。

二子橋。このあたりは古いままなのかはわからないが欄干のデザインがそれぞれ異なっている。

鎌倉通りと交差するのが鎌倉橋。鎌倉橋から下流では北沢川はもともとやや北側を流れていたようだが、痕跡は残っていない。

鎌倉橋の下流側には「三好達治文学顕彰碑」が立てられている。
三好達司は大正から昭和前半に活躍した詩人で、晩年をこのあたりで過ごしたという。
三好達司は大正から昭和前半に活躍した詩人で、晩年をこのあたりで過ごしたという。

次の桜橋。

桜橋の上流側には、高くなっている北側の道路に向かって階段になっている無名の橋がかかっている。このあたりでは北側がかなり高くなっているのがわかる。

世田谷代田駅から南へ進んできたところにある鶴ヶ岡橋。

欄干の脇に「文学の小路」と彫られた石碑が立つ。伝統に隠れてしまっているが、右側奥には斎藤茂吉歌碑が立っている。
大正から昭和初期に歌人、医師として活動していた斎藤茂吉も晩年代田で過ごしていたことがあるという。
大正から昭和初期に歌人、医師として活動していた斎藤茂吉も晩年代田で過ごしていたことがあるという。

鶴ヶ岡橋の上流側には萩原朔太郎が住んでいた家のすぐ上に建つ「代田の丘の61号鉄塔」(駒沢線61号鉄塔)について触れた説明板があった。

鶴ヶ岡橋の北側に見える高圧線鉄塔がそれということらしい。

鶴ヶ岡橋から上流へ。途中、洗い場を模したような場所があった。北沢川緑道を流れるせせらぎの水は落合水再生センターで処理した高度処理水が使用されているそうだ。

寺前橋が見えてきた。

寺前というのは橋の北側にある真言宗豊山派の圓乗院(真勝寺)のことを指している。烏山川緑道で紹介した勝国寺の末寺として江戸時代の寛永2年(1625年)には記録に現れるが、創建年代は不明だという。境内北側の斜面では弥生時代の遺跡がみつかっている。

環状七号線が北沢川を渡っていた宮前橋の欄干は昭和35年(1960年)製のものがそのまま保存されている。
宮前というのは小田急線世田谷代田駅近くにある代田八幡神社のことを指すようだ。
宮前というのは小田急線世田谷代田駅近くにある代田八幡神社のことを指すようだ。

親柱を模したモニュメントしか残っていない四之橋。

次の三之橋も同様だ。

三之橋の上流側、南に向かって未舗装路が伸びている。鎌倉橋から西側、小田急線の南側では昭和5年に始まった代田第二耕地整理によって北沢川の両岸で区画整理が行われたが、ここは地籍図では道路扱いされていないようだ。

見た目がよく似ていて区別がつきにくいが、これは二之橋。

次の一之橋は周りの景色が少し違っている。

小田急線高架の手前に梅ヶ丘橋がある。北沢川はここで小田急線の下をくぐっており、上流は小田急線の北側を流れていた。
そちらは支流を含め機会を分けて見て行くことにしよう。
そちらは支流を含め機会を分けて見て行くことにしよう。