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白子川周辺の水路敷群(百々向川)その2

OpenStreetMapで後半の上流部分を見る。

西友を抜けた百々向川は、成増公園の南側道路を進んでいたようだ。

その先でひょっこりあわられるツツジの植え込み。ここが水路敷ということだろうか。

水路敷とおぼしき歩道の先、突き当たりのスーパーの横で林になっているところが川跡。残念ながら封鎖されていて入ることは出来ない。

ところで、そのスーパーの北側に支流の水路敷が残っている。
ここから3枚の写真は2020/9/21撮影。
ここから3枚の写真は2020/9/21撮影。

道路脇にはみ出しているグレーチングの向こうは蓋暗渠になっている。

東側の赤塚高台通りまで回り込んで見ると、水路敷は柵で封鎖されて通り抜けることはできない状態であった。

さて、今度はスーパーの南側に回り込んで見た。葬儀社の横、マンションの前庭のようになっている部分が川跡のはずだが、どうやらここも道路の高さに合わせて盛り土されているようだ。

上流側もマンションと駐車場の間は嵩上げされているように見える。

駐車場を通り過ぎたところで、川跡はいきなり階段で下りていくが、よく見ると写真左側のガードレールの外側はさらに下にあり、通路は若干嵩上げされていることが分かる。

振り返って下流側を見る。写真右側の一番深い場所がおそらくはオリジナルの百々向川の高さだったのだろう。

下流側は左に大きく曲がった後でまたもや階段で道路まで上がっていく。

階段を上がった場所は、写真奥にある道路よりも若干高くなっていた。道路は東武東上線のアンダーパスへ向かうために掘り下げられているようだ。
写真右側の微妙なカーブを描く舗装部分が気になるが、これが水路敷なのだろうか。
写真右側の微妙なカーブを描く舗装部分が気になるが、これが水路敷なのだろうか。

東武東上線の下をくぐる。もともとは写真右の成増東地下歩道あたりで線路の下を川が流れていたらしい。
道路と地下歩道はいずれも元の地面よりも掘り下げられており、元の地面は写真左側の建物が建っている位置だと思われる。
道路と地下歩道はいずれも元の地面よりも掘り下げられており、元の地面は写真左側の建物が建っている位置だと思われる。

線路の南側、写真正面のビル玄関付近に水路敷の入り口がある。

歩道に上って水路敷の分岐点を見る右側の駐車場は道路に合わせて掘り下げられているようで、ここでは水路敷の方がむしろ高い位置にある。

水路敷は坂道の途中に階段でぶつかる。

坂道を渡ったところから東武東上線を振り返る。

さて、ふたたび水路敷を進んでいこう。

水路敷は少し進んだところで道路と並走する。

前の写真手前側に写っている交差点の左(東)側は行き止まりだが、東武東上線に沿って支谷がある。この谷、谷底に沿って住宅地になっているものの道路は南側の崖上から降りる形になっており、谷筋をまっすぐ進んでいくことはできない。
写真は東側の東上56号踏切から谷頭を見たところ。線路の南側(左)に路肩が凹んでいる部分があり、その辺りが谷頭になっている。
この写真は2024/4/25撮影。
写真は東側の東上56号踏切から谷頭を見たところ。線路の南側(左)に路肩が凹んでいる部分があり、その辺りが谷頭になっている。
この写真は2024/4/25撮影。

その先、えらく薄い家があると思ったら、道路と水路敷に挟まれた細い区画に建っていた。

百々向川はやたらと階段があるが、ここも階段で道路に合流する。

階段を上がったところ、水路敷は歩道となるが、すぐに草むらとなってしまう。その先には、なにやら覆屋が。

そこには「小治兵衛窪庚申尊」という天明3年(1783年)造立という青面金剛坐像があった。
小治兵衛久保はこのあたりの地名で、「橋を作ってくれた盗人小治兵衛」という民話に由来するという。このあたりに小治兵衛が架けた橋があったのだそうだ。
小治兵衛久保はこのあたりの地名で、「橋を作ってくれた盗人小治兵衛」という民話に由来するという。このあたりに小治兵衛が架けた橋があったのだそうだ。

川越街道にV字谷を穿つ百々向川は、街道を越えてマンション裏手の路地として続く。

その途中、南側のNTT成増ビル裏手の崖。崖の上に成増産院が建っているが、ここでもまだこれだけの段差を川が作っている。

水路敷は赤塚高台通りにぶつかっていったん途切れる。昭和22年の空中写真では、道路向かい側のマンションの方に川があったようだ。

光が丘に向かって坂を登っていくと、成増小前交差点に着く。川は写真右側の成増小学校校庭を流れていたようだが、この交差点自体は写真向こうの上流部分よりも高くなっている場所にあり、若干不自然な状態だ。成増小学校と高低差があり、盛り土されたのかもしれない。

成増小学校を行き過ぎたところで、道路の左側に再び百々向川緑道が姿を表す。

緑道入り口に置かれている謎の銅像。

今の時期にはツツジが美しい遊歩道。

緑道の途中にも置かれている銅像。

緑道が下赤塚公園に出てくるところ。ここはなぜか銅像の台座だけが残っていた。

下赤塚公園では水路敷も公園と一体になっているが、植え込みで境界が分かる。

下赤塚公園までで緑道は終わりになっていて、その先はいきなり細い水路敷になってしまう。ここはなんとか通れそうだ。

マンホール1個分の幅しかない細い水路敷。

その先は普通の道路になっている。

道路の突き当たりは民家の入り口になっていて入っていくことができないが、どうやらこのあたりが百々向川の出発点と思われる。長旅もここで終わり。