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新所沢1号~12号踏切

OpenStreetMapで新所沢駅から南入曽車両基地までを見る。
南入曽車両基地が開設されたのは昭和44年(1969年)で、それまでは周辺と同じような農地や雑木林が広がっていたようだ。
所沢御幸町駅跡から入曽駅まで西武新宿線は一直線に走っており、途中で並走する埼玉県道50号所沢狭山線と交差している。
参考資料:
・国土地理院Webサイト
- 「昭和22年空中写真(新所沢駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和22年空中写真(入曽駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和23年空中写真(南入曽付近)」(米軍撮影, 1948)
- 「昭和36年空中写真(新所沢・入曽駅間)」(国土地理院撮影, 1961)
- 「2.5万地形図(所澤)」(大日本帝國陸地測量部, 1925)
南入曽車両基地が開設されたのは昭和44年(1969年)で、それまでは周辺と同じような農地や雑木林が広がっていたようだ。
所沢御幸町駅跡から入曽駅まで西武新宿線は一直線に走っており、途中で並走する埼玉県道50号所沢狭山線と交差している。
参考資料:
・国土地理院Webサイト
- 「昭和22年空中写真(新所沢駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和22年空中写真(入曽駅付近)」(米軍撮影, 1947)
- 「昭和23年空中写真(南入曽付近)」(米軍撮影, 1948)
- 「昭和36年空中写真(新所沢・入曽駅間)」(国土地理院撮影, 1961)
- 「2.5万地形図(所澤)」(大日本帝國陸地測量部, 1925)

新所沢駅周辺は区画整理されているため昭和22年(1947年)の空中写真で見える二つの踏切跡は残っていない。
一つ目は西口第1自転車駐車場の裏で線路を斜めに横切っていたが駅近辺の道路が廃止されていて正確な位置はわからない。
ここからの写真は2026/7/22撮影。
一つ目は西口第1自転車駐車場の裏で線路を斜めに横切っていたが駅近辺の道路が廃止されていて正確な位置はわからない。
ここからの写真は2026/7/22撮影。

二つ目は線路東側の住宅展示場脇を通っていた。こちらは線路東側から見ると旧道が線路に突き当たっているのがわかる。

駅北側の新所沢1号踏切は埼玉県道6号川越所沢線が渡っている。

新所沢2号踏切はすでに廃止されているが、昭和36年(1961年)の空中写真を見ると住宅地でやや斜めに線路を渡っていたようだ。

新所沢3号踏切の東側には東京電力パワーグリッド所沢変電所があり、車両は通行することができない。
なお、写真右側は西武鉄道の南入曽変電所となっている。
なお、写真右側は西武鉄道の南入曽変電所となっている。

入曽方向へ進んでいくと所沢市の都市計画道路北野下富線の陸橋が工事中なのが見える。

そのすぐ北側に新所沢4号踏切が通っている。

埼玉県道50号所沢狭山線が西武池袋線と交差する新所沢5号踏切。
道路側が大きくカーブして線路を渡っている。
道路側が大きくカーブして線路を渡っている。

新所沢6号踏切の手前に道路が西から斜めに線路にぶつかる場所があるが、昭和23年(1948年)の空中写真ではもう少し道路がまっすぐ進んだ先で踏切を渡っていたように見える。

南入曽車両基地入口にある新所沢6号踏切。

踏切から南入曽車両基地を見たところ。
車両基地北側にある新所沢8号踏切との間に新所沢7号踏切があったのだが、車両基地建設に伴って道路ごと廃止されてしまい跡形も残っていない。
車両基地北側にある新所沢8号踏切との間に新所沢7号踏切があったのだが、車両基地建設に伴って道路ごと廃止されてしまい跡形も残っていない。

線路東側を並走する埼玉県道脇にあるドライブインのあたりに旧道と新所沢7号踏切があったようなのだが、こちらから見ても痕跡はなく正確な位置はわからない。

車両工場北側の新所沢8号踏切。

踏切東側から車両基地に停泊する車両たちを見る。

OpenStreetMapで南入曽車両基地から入曽駅付近までを見る。
宅地開発が進んでいるが、まだまだ農地も残っているのが見て取れる。
宅地開発が進んでいるが、まだまだ農地も残っているのが見て取れる。

線路が低い位置にある新所沢9号踏切は狭くて四輪車の通行は難しい。

新所沢10号踏切も廃止されており、おそらくは西側から北向きに道路がぶつかるところにあったのではないかと思われる。

新所沢11号踏切は久しぶりに片側一車線の比較的大きな踏切となっている。

入曽駅手前にある新所沢12号踏切。

入曽駅に東西からぶつかる道路があるのだが、昭和22年の空中写真では踏切であったようだ。

2025年に改築されたばかりの新しい入曽駅。
かつては東側に駅舎がある国鉄型配線の駅で写真に見える西口建屋の下に3番ホームがあったが、平成6年(1994年)にはエスカレーター設置のため使用停止となり平成8年(1996年)に西口ができて線路が分断され、新所沢寄りに残っていた留置線も平成25年(2013年)には撤去されたという。
かつては東側に駅舎がある国鉄型配線の駅で写真に見える西口建屋の下に3番ホームがあったが、平成6年(1994年)にはエスカレーター設置のため使用停止となり平成8年(1996年)に西口ができて線路が分断され、新所沢寄りに残っていた留置線も平成25年(2013年)には撤去されたという。