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伊勢崎81号~93号踏切
地図その1
OpenStreetMapで北越谷駅付近を見る。
昭和55年(1980年)に始まった谷塚〜北越谷間連続立体交差事業のうち事業北端部にあたる越谷市北部は平成11年(1999年)に高架化されている。今回はこの区間を見ていこう。
なお、連続立体交差事業開始前に廃止されていた踏切については茶色で示した。
参考資料:
・国立国会図書館デジタルコレクション所蔵
 - 「越谷市史 第1巻(通史 上)」(越谷市, 1975)
 - 「東武鉄道百年史〔本編〕」(東武鉄道社史編纂室, 1998)
・国土地理院Webサイト
 - 「昭和22年空中写真(北越谷駅付近)」(米軍撮影, 1947)
 - 「昭和24年空中写真(大袋駅付近)」(米軍撮影, 1949)
・越谷市立図書館所蔵「連続立体交差事業」(埼玉県越谷市, 1990?)
・越谷市デジタルアーカイブ「越谷町全図(其一・其二)」(協和測量建設, 1957)
・「東武伊勢崎線、日光線 古地図さんぽ」(坂上正一/フォトパブリッシング, 2018)
大沢宿場跡公園
元荒川に架かる大沢橋を渡って大沢宿場跡公園からスカイツリーラインを見たところ。
江戸時代には元荒川を挟んで北側に武州大沢宿があり、南側の越ヶ谷宿があって二つ合わせて日光街道の宿場町として栄えたという。元荒川はもともとは武蔵国と下総国の国境であったが、江戸時代には大沢付近は武蔵国に編入されており、下野国(現在の栃木県)にも大沢宿があったことから武州大沢宿と呼ばれていたそうだ。
ここからの写真は2026/8/30撮影。
旧踏切その1
北越谷駅に向かって線路沿いを北へ進んでいく。
途中、歩行者専用通路になっている場所があるが、昭和22年の空中写真ではここに踏切があったように見える。番号は付いていない。
伊81
そのすぐ北側、北越谷駅前南通りに伊勢崎81号踏切があった。
旧踏切その2
そのまた北側にある歩行者専用通路にも踏切があったようだが、こちらも番号はついていない。
北越谷駅
明治32年(1899年)には越ヶ谷駅として開業したが、大正8年(1919年)に現在の越谷駅が開業することとなったため先行して武州大沢駅に改称、昭和31年(1956年)に現在の駅名となった北越谷駅。
北千住からの複々線はこの駅までで、高架線としても一番北側の駅となっている。
伊82
伊勢崎82号踏切は北越谷駅北側にある自転車駐車場付近にあったはずなのだが、痕跡がなくはっきりした場所はわからない。
伊83
伊勢崎83号踏切は埼玉県道325号足立越谷線の交差点から西に入ったところにあったと思われる。
県道19号
埼玉県道19号のバイパスとなる浦和野田線がスカイツリーラインにぶつかって終わっているところ。
線路西側は元荒川の中を計画道路が通っており、左岸(南)側へ迂回するルートが有力視されているものの計画は進行していないように見える。
伊84
スカイツリーラインの東側を並走していた県道325号は交差点の北側(写真右端付近)で線路を渡っていたが、現在その位置は少し北にずらされていて伊勢崎84号踏切があった場所に道路はない。
伊85
伊勢崎85号踏切は県道325号から東に向かう細道の先で斜めに線路を渡っていたようだが、それらしい跡は残っていない。
伊86
高架が終わったところにある現役の伊勢崎86号踏切を西側から見たところ。
高架化する際に地上線の東側に高架線を建設したため、写真手前に大きな空間が残っている。元の伊勢崎86号踏切は写真手前側にあったということだろう。
伊87
次の伊勢崎87号踏切付近まで地上線跡が西側に残っている。
伊88
その北側、伊勢崎88号踏切はフェンス脇の行き止まりの先にあった。
ここからの写真は2026/9/4撮影。
伊89
伊勢崎89号踏切は昭和24年の空中写真ではすぐ北側の道路突き当たりにあったはずだが、線路西側には大きなマンションが建っており当時の道路は見当たらない。
東武鉄道百年史によればこの踏切は昭和54年(1979年)に廃止されており、伊勢崎線杉戸以南では最後の第4種踏切だったという。
伊90
なんだかずいぶん真新しい蒸気機関車マークがある伊勢崎90号踏切。二輪・小特の通行は可能になっている。
ここからの写真は2026/8/30撮影。
伊91
旧日光街道が渡る伊勢崎91号踏切の脇には、「かんかん」という店名の居酒屋があった。
伊92
国道4号日光街道の陸橋を潜って北側にある伊勢崎92号踏切は車両通行止め。
伊93
大袋(おおぶくろ)駅前にある伊勢崎93号踏切。
バツ
踏切上空にある警報機は赤いバツ印が点灯する。
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