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東上147号~170号踏切
地図その1
OpenStreetMapで新河岸駅から川越駅までを見る。
不老川の前後に踏切はなく、左岸側ではJR川越線と共用している踏切が3つある。
参考資料:
・国立国会図書館デジタルコレクション所蔵「東武鉄道六十五年史」(東武鉄道年史編纂事務局, 1964)
・国土地理院Webサイト
 - 「昭和22年空中写真(不老川付近)」(米軍撮影, 1947)
 - 「昭和21年空中写真(川越市駅付近)」(米軍撮影, 1946)
 - 「昭和22年空中写真(田面沢付近)」(米軍撮影, 1947)
・踏切道 ~Railroad crossing~「東武鉄道東上線の踏切000 東上線の踏切一覧 - 1973年1月1日現在」(takanobu0121, 2018)
・「東武東上線三大ミステリー?研究本 改訂弐版」(サークルTJ1914, 2026)
東147
新河岸駅東口側から橋上駅舎脇の空間を見たところ。東上147号踏切はこの付近にあったようだ。
ここからの写真は2026/9/2撮影。
東148
現役の東上148号踏切。
東149
そのすぐ隣に廃止された東上149号踏切があった。
東150
東上150号踏切は幅員が狭く注意書きがあるのだが、肝心の部分が褪色して読めなくなっている。
東151
少し幅の広い東上151号踏切。
架道橋
不老川右岸側の架道橋は桁下2.4mしかない。
鉄橋
不老(ふろう)川の不老(としとらず)橋から東武線鉄橋を見る。
左岸側
左岸側の架道橋に至っては桁下1.8mという低さ。
岸町踏切
川越駅に向かってJR川越線の岸町踏切を渡っていく。
並走区間
国道16号の新宿(あらじゅく)町(北)歩道橋から川越駅方向を見たところ。
右側を走る複線の東武東上線に対して、左側のJR川越線は単線になっている。
新宿踏切と東上152号踏切
東武とJRで共用している踏切の一つ目が東上152号踏切。手前を走るJRは新宿(あらじゅく)踏切となっており、JR側と東武側で踏切警標(バツの字になっている標識)の塗り分けが異なっている(JRは斜め縞、東武は横縞模様)。
埼京線として考えれば、北池袋駅北側の東上3号/第一雲雀ケ谷(ひばりがや)踏切以来の出会いとなる。
菅原踏切と東上153号踏切
川越駅手前の東上153踏切(JRは菅原踏切)。こちらはなぜか東武側も斜め縞模様になっている。
川越駅
東側に入る東武東上線は複線の2面2線対向式ホームだが、西側に入るJRは2面3線となっている。
この場所に駅を造ったのは東武(当時は東上鉄道)が先で大正4年(1915年)、当時は川越西町という駅名で終点は次の川越町駅(現川越市駅)であった。国鉄川越線が開業したのは昭和15年(1940年)になってからで、この時に東武側も川越駅に改称している。
地図その2
OpenStreetMapで川越駅から入間川までを見る。
入間川の右岸側には川越町駅から延長された支線の終着駅であった田面沢(たのもざわ)駅があったが、大正3年(1914年)5月1日に開業してからわずか2年半後の大正5年(1916年)10月27日に坂戸町駅(現坂戸駅)までの本線が開業したことに伴い廃止となっている。
今回は入間川右岸までを見ていくが、田面沢駅についてはサークルTJ1914「東武東上線三大ミステリー?研究本 改訂弐版」を参考にしている点お断りしておく。また、踏切位置については空中写真及び「東武鉄道東上線の踏切000 東上線の踏切一覧 - 1973年1月1日現在」を参考とした。
所沢街道踏切と東上154号踏切
川越駅北側にある東上154号踏切はJR側では所沢街道踏切となっている。
写真奥に見える自転車駐車場の方に向かって、かつては西武新宿線と直結するための連絡線が建設されていた。詳しくは西武新宿線:南大塚1号~13号踏切を参照していただきたい。
東155
東上155号踏切は本川越駅方向に向かっていく途中にある線路下のトンネルの上にあったようだ。
JR側にも踏切はあったはずだが、名称がわかる資料は見つかっていない。
東156
西武新宿線の南大塚13号踏切を渡って北側にある東上156号踏切。
写真奥には南側に分かれていくJR川越線の永井町踏切が見える。
川越市駅
大正3年の開業時には本線の終点であった川越市駅(当時は川越町駅)。実際には同時に田面沢駅も開業したため、実質的な東上線の終点は田面沢駅であった。
写真左側には令和2年(2020年)まで東上線車両の定期検査を行なっていた川越整備所(旧川越工場)がある。
試運転
川越市駅で試運転中の91001Fに遭遇。
構内踏切
川越市駅の霞ヶ関方には川越整備所から伸びてくる構内踏切がある。折り返し列車の乗務員が実際に使用しているようだ。
東157
川越市北側の東上157号踏切は幅も広いが交通量も多い。
大混雑
踏切を渡った北側に折り返し用の引き上げ線があるため踏切の遮断時間が長く、ようやく開いた時には車両と歩行者が入り混じって混沌とした状況になる。
東158
引き上げ線手前にもう一つ東上158号踏切がある。
引き上げ線
引き上げ線に停泊中の51007Fと51074F。見た目はそっくりだが手前は地上線専用、奥は地下鉄乗り入れ用の車両だ。
川越市折り返しの列車は次々と引き上げ線に入ってきて上りに充当されていく。
東159
東上159号踏切北側の路面に珍しい踏切のペイントがある。
東160
東上線が入間川に向かって西へ曲がっていった先にあった東上160号踏切は廃止され、トンネルになっている。
東161
踏切警標が色褪せてしまっている東上161号踏切。
東162
東上162号踏切は廃止されており、北側からは行き止まりの未舗装路として残っているのが見える。
東163
埼玉県道160号川越北環状線の西側は農地が広がっている。
東上163号踏切はそんな農地の東端付近にある。
東164
東上164号踏切は昭和22年の空中写真でもすでに存在が確認できず、正確な位置がわからない。
南北の畦道があった痕跡から、おそらく写真右側に見える高圧線鉄柱の向こうにあったと思われる。
東165
東上165号踏切も廃止されており、北側は道路も失われている。写真は南側の道路から見たところ。
東166
現役の東上166号踏切。
東167
廃止された東上167号踏切は雑草に埋もれつつある。
東168
現役の踏切としては入間川右岸側最後となる東上168号踏切。
残余地
踏切東側に細長い三角形の残余地がある。どうやらここで田面沢駅に向かう支線が分かれていたらしい。
田面沢駅跡
踏切西側には、田面沢駅に向かう線路跡が空き地として広がっていた。
南側から
南側から田面沢駅跡方向を見る。
駅舎があったと思われるあたりには民家が建っている。
東169
田面沢駅手前にあったと思われる東上169号踏切は架道橋になっている。
古墳ではない
架道橋北側に古墳のような塚があるが、古墳ではなく洪水で出た土砂を積み上げたものだそうだ。
東上168号踏切の北東に下小ヶ谷所在67古墳という古墳があったそうだが、削平されてしまったのかどこにあるのか確認はできない。
水田
田面沢駅跡西端付近は水田になっていた。
旧上小ヶ谷橋梁橋台
東武東上線架道橋の北側に残っている煉瓦造りの旧上小ヶ谷橋梁橋台。
大正5年の川越町〜坂戸町延伸時には単線でここを越えていたが、昭和39年(1964年)に入間川鉄橋を架け替えた際に使われなくなったものだという。
東上170号踏切と入間川水泳場駅
欠番になっている東上170号踏切がどこにあったのかを示す資料は見当たらない。
一方入間川鉄橋の右岸側には「東武鉄道六十五年史」では大正9年(1920年)、国立公文書館所蔵の「入間川臨時停留場設置の件」では昭和9年(1934年)に開設されたとする入間川水泳場臨時停留場(入間川臨時停留場)があったといい、その西側である堤防上に踏切があった可能性が高そうだ。
入間川水泳場駅は昭和17年(1942年)に休止となり、昭和26年(1951年)には廃止されたという。
この写真は2026/9/8撮影。
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