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新狭山12号~23号踏切
地図
OpenStreetMapで新狭山駅から南大塚駅までを見る。
新狭山駅が開業したのは昭和39年(1964年)で、踏切番号は南大塚駅手前まで狭山市○号踏切となっている。今回は後半の新狭山駅からを見ていく。
踏切番号は23番まであるのだが、この区間は昭和30年代後半に川越狭山工業団地として開発が進んだため昭和36年ごろまで残っていた踏切はほとんどが廃止されてしまい、現況踏切の痕跡としては残っていない場所が多い。
昭和30年代の空中写真をもとに廃止された踏切を探しながら見ていこう。
参考資料:
・国土地理院Webサイト
 - 「昭和21年空中写真」(米軍撮影, 1946)
 - 「昭和36年空中写真」(国土地理院撮影, 1961)
 - 「昭和39年空中写真」(国土地理院撮影, 1964)
・狭山市立中央図書館所蔵「狭山市全圖」(狭山市, 1956)
狭山市12号踏切
南大塚方から新狭山駅を見たところ。狭山市12号踏切は廃止されており、空中写真から見るとホーム先端よりもやや手前にあったようだ。
この写真は2026/8/7撮影。
狭山市13号踏切
川越狭山工業団地の西南端にある狭山市13号踏切。
この写真は2026/8/1撮影。
HONDA
踏切南側にあるHONDの看板。ホンダ狭山工場は工業団地最大の規模であったが、令和3年(2021年)に生産を終了しその後工場は閉鎖されている。
ここからの写真は2026/8/7撮影。
14号?
昭和39年(1964年)の空中写真では狭山市13号踏切のやや南大塚寄りに踏切跡が残っている。おそらくはここが狭山市14号踏切の跡と思われる。
旧踏切
そこから南大塚方向へ進んだところ(写真中央のビル手前付近)に昭和36年(1961年)の空中写真では踏切が見えるが、昭和39年には廃止されており番号はついていないようだ。
狭山市15号踏切
狭山市15号踏切は写真左側にあるボウリング場の北側から斜めに線路に突き当たる道路の先にあったが、昭和36年ごろまでは写真手前から奥の工場へ斜めに踏切が渡っていたようだ。
狭山市16号踏切
狭山市16号踏切は写真左手のトラック販売店と右手の食品工場の間あたりにあった。
旧17号
現在の狭山市17号踏切は線路と直交する道路にあるが、昭和39年ごろまでは写真奥から手前に斜めに渡る旧道の方にあった。
狭山市17号踏切
旧道よりも南大塚寄りにある狭山市17号踏切。
工場跡
線路脇に広がるホンダ狭山工場跡を踏切脇から見たところ。黒く見えるのはシートではなく塗装したか黒い材料を撒いているようだ。
旧踏切
17号の南大塚寄りにも踏切があったが番号はついていない。写真のビル手前寄りにあったらしい。
狭山市18号踏切
狭山市18号踏切も廃止されており、写真左の工場付近から線路を渡っていたようだ。
狭山市19号踏切
狭山市19号踏切も現在は線路に直行しているが、昭和36年ごろまでは写真手前の方に斜めに渡っていた。
20号?
現役の踏切は狭山市19号踏切の次が23号踏切となっており、工業団地東北端までの短い区間に廃止された踏切が3つあることになるのだが、空中写真でも必ずしもその位置ははっきりしない。
狭山市20号踏切は19号踏切のすぐ南大塚寄り、乳業会社の研究所前にあったと推定される。
21号?
狭山市21号踏切はそこから少し南大塚寄りに進んで写真左側で工事中の建屋と、奥の印刷会社との間あたりにあったと推定される。
22号
狭山市23号踏切手前に22号踏切があったようだが、線路に直交する工業団地の道路ができて廃止されている。
現在の踏切手前で入間川の砂利運搬を目的に開業した西武安比奈(あひな)線が分岐していたが、昭和38年(1963年)に休止となったあと復活せず平成29年(2017年)に廃止となっている。
狭山市23号踏切
工業団地東北端にある狭山市23号踏切。
位置としては22号でもよかったような気がするのだが…
旧23号?
昭和39年の空中写真では南大塚駅手前(写真中央に見える道路標識の向こうあたり)に踏切があった。ここが旧狭山市23号踏切なのかもしれないが、旧踏切の番号を示す資料は見つかっておらず正確なことはわからない。
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